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バックは完成間近の大掛軸『平成大観音」。
高さ17m、幅6mで、歴史上でもこれまでに
日本で3本しか存在しないといわれるほどの
大きさだ。 |
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〜表装とは、日本人の美意識が凝縮された掛軸・和額・屏風などの美術、工芸品を製作・修理・修復する仕事(泰峰堂HPより引用・文末に注釈)。泰峰堂は昭和10年に泰典さんのお祖父さんが創業し、お祖母さんの代を経て現在はお父さん(泰治さん)が三代目主人を務めています。泰典さんは、お父さんが若い頃に弟子入りした京都の同じお店(おたな)で、丁稚奉公をしながら技術を修得。お父さんの師匠は泰典さんの師匠の先代です。西田さん親子のように、そこを出たお弟子さんたちが分家という形で全国各地に点在しており、年に一度本家に集って親交を深める昔ながらのしきたりを残しています。泰典さんが修行に入った当時、泰典さんの他に3人いたお弟子さんは、その厳しさから1年もしないうちにやめてしまったそうです。一人残った泰典さん以降、そこでは弟子を取っておらず、泰典さんが最後のお弟子さんです〜
| 〜今の時代にあえて「丁稚奉公」という形で修行というのは、なかなかできない経験ですし、厳しかったのではないかと思いますが、どうでしたか? |
いや、僕はけっこう楽しみましたね。そんなにしんどいと思ったことはないです。学校に行ったらお金を払わないといけないけど、丁稚奉公はもらいながら(技術の修得が)できますからね。生活自体はとてもシンプルで、朝7時くらいに起きて掃除をして、朝ごはんを食べて、8時から昼まで仕事。1時間昼休みがあって、5時半まで仕事をして終わりです。その後は一応自由時間ですけど、住み込みなので、用事をしたり銭湯に行ったりして。最初は門限もありましたけど、二十歳を過ぎるとなくなりました(笑)。僕が働いていた所は、仕事台も低くて畳に正座で仕事をするような昔ながらの所で、父を知っている先輩方は「西田君の息子か」っていう感じでしたね。
〜修行を終えた泰典さんは、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、ミャンマーを4ヵ月かけて旅して帰るや、実家の泰峰堂で2ヵ月働き、給料を渡航費用にあて渡豪。オーストラリアを選んだのは英語の勉強のためと言う泰典さん。果樹園での摘果作業に始まり、日本料理の店、ブティック、スタジオのセットを作るクルーの仕事、日本画に描かれたくずし字の翻訳など、いろいろな仕事を経験。オーストラリア4年目になる今は、メルボルンでは有名な日本や中国やアフリカの美術品を扱うギャラリー「KAZARI(飾)」の正社員として、日本の古い絵を修復して屏風に仕立てる仕事をしています〜
| 〜勤め先のギャラリーは、どのようにして探し当てたのですか? | メルボルンに着いたら、とりあえずギャラリーはできる限り行きましたね。英語はしゃべれなかったですけど(笑)履歴書を持って。でもコネクションがないと飛び込みでは信用がないのでまともに話を聞いてくれなくて、最初は自分で工房を持って仕事を始めました。2つのギャラリーと仕事をしていましたが、しばらくしてワーキングホリデービザが切れかけたので、ビジネスビザを取りたいから雇ってもらえないかとお願いしたら「OK」って。昨年新しく工房を作ってくれて、普段はそこでオーストラリア人のスタッフに教えながら、古い絵を染み抜きしたり裏打ちし直したりという、屏風の修理や修復の作業をしています。
ありますね。皆興味を持っていますね。4月にはビクトリア州立の美術館で屏風の展覧会をさせてもらえることになっています。博物館のスタジオで僕が屏風の仕組みについて説明をするんですよ。屏風って面白い仕組みになっていて、紙の張り合わせ方だけでなく、蝶番が前後に曲がったりするのも複雑で面白いじゃないですか。そういうのを説明するんですね。それは今一番楽しみにしていることですね。
| 〜オーストラリアには、後どのくらい居る予定ですか? |
3年かな。4代目を継ぐタイミングは、まだよく分からないです。泰峰堂で働くようになったら、屏風とか古い絵を扱いたいですね。壁掛けの屏風のような今の家にも合う新しいスタイルのものを送り出さないと、こういう仕事もどんどん減っていくだろうし。それからオーストラリアに泰峰堂のお店を出したいですね。今いるギャラリーでは、泰峰堂もそうですけど作家さんの個展もするんですね。いつか日本とオーストラリアとでアーティストの交換とかができたら面白いなと思います。今の所のボスは30年来日本の古いものをインポートしてきている人で、ボスを通じて接点を持てる人の中には有名な芸術家や文化人もいるので、そういうつながりも大切にしていきたいですね。
今年度新しくできた「担い手育成係」という係で仕事をしています。本庁にはいろいろな情報が入ってきて、自分が指導している地域だけでなくて全体を見渡せるので、ここはそういう点がいいなと思います。またそれを地域の人へと向けていければと思います。一言で『担い手』といってもすごく意味が広いんですが、どういうふうにしたら担い手になってくれるかということを考えていくと、グリーン・ツーリズムともつながるんじゃないかなと思っています。休みの日には、インストラクターのメンバーの集まりに出かけたりしています。今までに出会っていろいろ教えてもらった、しまなみとか久万の人たちとのつながりも大事にしていきたいですね。
京都時代から茶道を習い始め、現地ではアメリカ人の男の先生について稽古を続けています。メルボルン在住の日本人の生徒さんらと1日4〜5時間も英語で手ほどきを受けることもあるそうです。最初はどこに落ち着くかも分からないままにオーストラリアに旅立った泰典さん。それでも、身に付いた技術があることが強みになっています。
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