三谷の大師堂は、石川さんの自宅に続く敷地内に立っています。宅地前の道路は、遍路道。同行二人の白装束に菅笠を被ったお遍路さんが、のどかな田舎道を黙々と歩く姿が見られます。石川さんのお母さんは、たいへん信心深い人で、四国遍路の先達もされていたそうで、ご近所の協力を得てこの大師堂を再建されました。
敷地内には大師堂のほか、西側から北にかけては四国88箇所のご本尊の石仏が安置され、さらに奥にはその一代前の88仏が並んでいます。かなり時代を経た石仏と思われます。お母さんは、石川さんが16歳の時に亡くなられたのですが、石川さんの家が代々守り続けていて、親がしていることを見ていたので自然と石川さんが跡を継いだそうです。
また大師堂の前には、広さ6畳ほどの建物があり、これは石川さんの手によって建てられたものです。石川さんは大師堂を守りながら、年間およそ100人に及ぶお遍路さんを、その建物に泊めてあげています。
三谷大師堂から四国88箇所第65番札所『三角寺』(四国中央市金田町)までは約6qあります。第64番札所の『前神寺』(西条市州之内)からは約70qの長丁場ですから、お遍路さんにとってはありがたい宿となります。建物の中には、布団が2組ほど重ねられていました。石川さんが、お遍路さんが置いていくお札の束を見せてくれました。白いお札に混じって赤や緑のお札があり、中には金色のお札もあります。お四国巡りをした回数によってお札の色が違うのだそうで、石川さんを頼って繰り返し、ここを一晩の宿にしているお遍路さんがいるとのことでした。
お遍路さんが御礼の言葉や遍路旅の感想を書きつづった大判の大学ノートも見せてくれました。そこには、全国各地からこの地にやってきたお遍路さんの名前と住所が書かれてありました。中にはアメリカからやってきたお遍路さんの記帳もあります。「石川のじいちゃん」とか「石川のおいちゃん」と呼ばれていて、リピーターさんが多いことが分かります。
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三谷大師堂(裏側より)。88体の石仏が並んでいます。
前の建物が、お遍路さんに提供してる宿。 |
まれにその日になって宿を頼む人もいるそうですが、ほとんどの人はあらかじめ電話でお願いをしてくるといいます。宿泊希望の人数が多い時には、大師堂の中にも泊まることがあって、こちらの中にも布団が用意されていました。最大で8人は泊まることができます。トイレは設置されていないものの、すぐ近所にあるゲートボール場のものを使ってもらうとのこと。「善根宿じゃあないけんねぇ。食事の世話もしないし、風呂もないし、寝てもらうだけ。」と石川さん。
歩き遍路がブームの昨今は、宿泊希望者が年々増えていく傾向にあります。以前は、せめて朝食だけでもと思って、バイクで出掛けてお弁当を買ってお接待をしていたのですが、宿を借りるお遍路さんの数が増えるにつれ、それをしていたのでは続かないと思って止めることにしたそうです。
泊まったお遍路さんの中に、今までに一度だけお賽銭を取って行った人がいて、気付いた石川さんは追っかけてお説教をしたことがあるそうです。またご近所にお接待の無心をしに行ったお遍路さんにも、「そんなことをするもんじゃない」と一喝したとか。「お遍路さんも、いろいろおるけんねぇ。(長い間、宿を提供しているけれども)他には、変わったことは何もない」と、淡々と語ってくれました。全国各地からやって来るお遍路さんと話をするのも楽しみの1つで、時にはちょっと、お酒の相手をしてもらうこともあるのだとか。
石川さん自身は歩き遍路をしたことはなく、巡拝のバスで数回、お四国巡りの経験があります。平成2年に奥さんを亡くされ、今は息子さんの家族と暮らしています。大師堂を守りお遍路さんに宿を提供することも、息子さんが継いでくれるということでした。
「(最近のお遍路さんは)昔とはちょっと違うなぁ。昔のお遍路さんは、ほんまの信心で88箇所を廻っとった。今はそれが少ないと思う」と、最近のお遍路さんへの感想を語ってくれました。現在84歳の石川さん。今年も元気に、このお接待を続けています。
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