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   『教育情報』代表コラム (2008年8月)
子どもの目線の

先にあるもの

時折、小さな孫たちの水浴びに付き合っています。この猛暑のさなか、孫たちは冷たい水に浸かると上機嫌で、とても気持ち良さそうにしています。プールに行かずとも、玄関先にしつらえた大きなたらいの中で大喜びをしているのです。
 子どもが今何をしたいのかを解って、そうさせてやることで、子どもたちの表情はいきいきとしてきます。して良いことといけないことの区別をきちんと教えながら、子どもの気持ちを満たしてやることで、子どもは心を受け継いでいきます。それが小さな子どもたちの自然な在り方であり、大人の在り方であろうと思います。
 小さな子どもは、見ている範囲や考えている範囲が狭いので、子どもの目線を眺めてみると、その目線の先にあるものが解ってきます。ですからそれに対処していくことにおいて、子どもは納得をするのです。ところが子どもが大きくなって見ている範囲を少しずつ広げるようになってくると、親の方は、その子のしていることや考えていることが見えなくなってきます。見えなくなるから、子どもを理解したり、子どもの心を感じ取ることができにくくなってくるのです。ですから、子どもに対して適切なアドバイスができない親が多くなってくるのだと思います。
 私は、NPOの青少年健全育成の活動を通して、いろいろな年代の子どもたちと接します。小学生くらいの子どもなら、大人の目線であちらこちらからその子を眺めておりますと、何をどう見ているのかが解ってきます。中高生の子どもたちから相談を受ける時にも、同様です。その子の目線が追っているものの中から、その子にとって何が必要なのかが解るのです。
 普段子どもたちと接する度に、そして言葉を交わす度に、私はいろいろ情報収集をしているのです。自分の中に蓄積してきたそれぞれの子どもの情報と、その子の目線の先のものを合致させた時、その子どもが今考えていることが理解できます。その子の思いを感じ取ることができるから、必要としているアドバイスを与えることができるのです。
 先日、歌舞伎俳優・坂東玉三郎氏と太鼓集団の鼓動が競演した舞台「アマテラス」への取り組みを収録した番組が再放送されているのを見ました。その番組を見ていると、『自然』に任せて舞踏の修業に打ち込まれているのだと強く感じました。多くの人たちと6年かかって「アマテラス」の舞台を作り上げていくのですが、芝居に懸ける思いからも、その人の心の『自然』を感じるのです。心が自然であるから、神話の世界をあのように感動的に演出し、自ら神様を表現することができるのではないかと思いました。ただひたすら芸一筋に打ち込む姿は、気迫に満ちています。その人の醸し出す『気』が、人の心を打ち、人を感動させる舞台を作り上げていくのだと感じました。
 玉三郎と言えば当代きっての女形として知れ渡っていますが、私は同氏の経歴についてはあまり知りませんでした。その番組を見て初めて、私とほぼ同年代であること、代々続く歌舞伎の家柄の出身ではないこと、小児麻痺であったこと、5歳で舞踏を習い始めてその魅力を感じ取り、ある歌舞伎役者の部屋子になった経緯などを知りました。それらの一つひとつが、その人の人生の背景になっているのだと感じられます。
 またわずか5歳の子どもを、厳しい修業の世界に送り出す親の度量とはいかほどのものなのか、親の立場になって考えてもみました。その子の目線の先を把握して、したいことをさせることによって、その子の人生が決まっていきます。わずか5歳の子どもであっても、運命を変えていくことができたのです。厳しい修業の跡と、自然に任せた心の在り方を感じながら、我もそうありたいと思いました。
 小さな子どもの目線の先に何を見るのか。親の度量が問われます。


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