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【地域の情報】最新号
国宝、重文の武具が見どころ
大山祇神社(今治市大三島町)
2005年5月号掲載
大きな森に囲まれた大山祇神社=正面入口
 初夏を思わせる日差しの中、西瀬戸自動車道(しまなみ海道)を通って、文化財の宝庫と言われる大山祇神社へ行ってきました。
 今治北ICから高速道へ入るとすぐに、来島大橋に差し掛かります。大橋を利用すると、大島へはほんの5分の距離。大島から伯方島へ渡り、さらに大三島へ。美しい瀬戸内の島々の景色を堪能しながらのドライブです。大三島ICで下りて、目指す大山祇神社へ向かいます。ICから神社までは、車で約10分ほどの距離でした。連休前のウィークデーとあって、神社を訪れる人の数もほどほどらしく、難なく車を神社近くの駐車場に止めることができました。

 境内入り口に立つ大きな鳥居中央には、『日本総鎮守 大山積大明神』と書かれた銅製の額が掲げられています。この文字は、平安中期の能書家『三蹟』の1人である藤原佐理(すけまさ)の書とのこと。鳥居に掛かっている額は複製で、木製の実物(重要文化財=以下「重文」)は、宝物館に大切に保存されてありました。鳥居横には、伊藤博文公の書で『大日本総鎮守 大山祇神社』と刻まれた標柱があります。神社の名前は『大山祇』で、神様の名前は『大山積』なのだそうです。

 大山積神は山の神様であると同時に、和多志(わたし)大神の名もあり、島から島へと行き交う人や物を安全に渡す海の守護神でもあることから、鉱業や林業、海運業や船舶業の人たちの信仰が厚く、また、山の神は春になると山から下りて田の神になるということで、農家の人たちも多く参拝に訪れるそうです。

 鳥居をくぐって境内へ入ると、右手に御桟敷殿(おさじきでん)と斎田(さいでん)があります。ここでは旧暦5月5日に御田植祭、同9月9日に抜穂(ぬきほ)祭が行われます。この2つの祭は、同神社の数多い祭の中でも最も重要なものに挙げられています。同祭で奉納される一人相撲は、豊作の祈願と感謝をするもので、愛媛県の無形民俗文化財に指定されています。
小千命が植えたとされる楠(天然記念物)

 参道の正面に、玉垣で囲まれた大きな楠(天然記念物)がありました。同神社を祀ったと言われる小千命(おちのみこと)が植えたもので、樹齢2600年と伝えられています。境内には、天然記念物に指定されている38本の楠の他、約200本の楠が群生しており、大きな社叢(しゃそう)を成しています。

 石段を登って門をくぐると、回廊に囲まれた中央正面に、歴史の重みを感じさせる檜皮葺の本殿・拝殿(重文)があります。中から古式ゆたかな雅楽の音色が聞こえてきました。辺りは、厳かな雰囲気に満ちています。丁度、結婚の報告の儀式が行われていたところでした。参拝客や観光客もその場に居合わせているのですが、深い大きな森に囲まれて、境内はあくまでも静かです。境内には他
厳かな雰囲気ただよう拝殿(重要文化財)
にも、社がたくさんありました。

 回廊を横切って宝物館への順路に沿って進むと、苔生した大きな楠が横たわっていました。蒙古襲来の折、水軍を率いて筑前に向かう前に必勝祈願に訪れた河野通有が、兜を掛けたという伝説が残っている楠です。青々とした苔をまとった大樹は、うっそうとした木立を背に、静かにそこに眠っているかのようでした。

 博物館として登録されている宝物館には、国宝や重要文化財に指定されている武具甲冑類の約8割が収蔵されていると言われています。宝物館は、大正15年に建てられた国宝館と昭和37年に建てられた紫陽殿(しようでん)の2棟から成ります。見学コースは紫陽殿から始まります。1階には、太刀や大太刀、なぎなたなど、重文の指定を受けた刀剣類が並んでいました。細身で美しい形の護良(もりなが)親王奉納の太刀(国宝)もあります。

 太刀も大太刀も、想像以上に大きいと感じました。大太刀は、振り回すにはあまりにも長く重そうです。戦いの時に、主に敵の馬の脚を払うのに用いられたということです。3階には、国宝の源義経、源頼朝、河野通信らが奉納した鎧が展示されています。

文化財の宝庫、宝物館。
上=紫陽殿、下=国宝館。
 国宝館には、大祝安用(おおほうりやすもち)の娘・鶴姫の鎧や、木曾義仲の鎧など、重文の鎧が多数展示されています。『鶴姫伝説』として語り継がれている鶴姫が着用した鎧は、日本唯一の女性用の鎧、頼朝・義経のいとこにあたる木曾義仲の鎧は、現存する最古の胴丸の鎧と言われています。また同館中央では、斉明天皇(さいめいてんのう=665年〜661年)が奉納された禽獣葡萄鏡(国宝)を見ることができます。

 大山祇神社の宝物館は、奉納された中世以前の数多くの逸品が公開されていること、教科書の中で見てきた国宝を間近に見ることができることが最大の魅力です。奉納者として、源氏や平氏、北条氏、河野氏など、平安期や鎌倉期の歴史に残るそうそうたる人たちの名前が連なっています。一つひとつに歴史が刻み込まれていると思うと、長きにわたり良く保管されているものだと思います。「保存と展示は、両立しにくいものです。いかに両立させるかが課題です。しっかりと保存し、なおかつ博物館の使命として実物を多くの方にご覧頂きながら、次の代、そのまた次の代に残していきたい」と、権宮司・三島安詔(やすのり)氏が語ってくれました。

 これらの刀剣類や武具甲冑類が、その時代に活躍した人たちによってどのような使われ方をしていたのだろうかと、歴史に思いを馳せながら見学をしました。残念だったのは、途中から幾組かの団体客が来場して、賑やにおしゃべりをしながら見学を始めたことです。静かで凛とした館内の空気が、たちまち一変してしまいました。鑑賞型の博物館では、静かに見学したいものだと思いました。

 宝物館の隣には、海事博物館があります。昭和天皇が海洋生物研究のために使われていた御採集船『葉山丸』が保存されている他、海洋動植物の標本や、山の神にちなんで鉱石なども展示されています。

 大山祇神社は、現宮司で第81代目という、日本屈指のたいへん古い長い歴史を持った神社です。ここでは、一つひとつの建造物や宝物を見てその年代を知ると、江戸時代でさえ現代に近いと感じてしまうから不思議です。中世日本史を体感したひとときとなりました。

〜まめ知識〜 狛犬   【写真:大山祇神社しめ鳥居前の一対】
 神社の鳥居前や社殿前には、「阿吽(あ・うん)」の口の形をした狛犬(こまいぬ)が必ず1対置かれています。口を開けて「阿」の形をしているのが右の狛犬で、左の狛犬は口を閉じて「吽」の形をしています。口を開ける「阿」と口を閉じる「吽」は、「呼気」と「吸気」を表わし、2匹が息を合わせて神社を守ると言われています。

 大山祇神社には、8対の狛犬がいます。8対の内、平安期、室町期に奉納された木製の狛犬は、宝物館で、残り4対の石製と1対のブロンズ製の狛犬は、鳥居前や神門前でみることができます。

 脚をぴんと伸ばして正面を睨んでいる1対もあれば、ちょっと横から前を見ている対もあり、脚を玉に乗せている対もいます。左の狛犬に角があるものもあれば、ないものもあります。耳の形や尾の形にもそれぞれ特徴がありますし、耳が立っているのと伏せているもので1対になっているのもあれば、両方とも耳が立っているものもあります。どれも顔はいかついのですが、ユーモラスに見えたり、かわいく思えたりして、それぞれ異なる趣があります。狛犬をじっくり見て回るのも面白いものです。

 狛犬は、もともとは『獅子・狛犬』と言われ、右の口を開けた角がないのが獅子で、左の口を閉じて角があるのが狛犬(高麗犬)で、両者を併せて『狛犬』と呼ばれているものです。狛犬のルーツは、インドの寺院に置かれる獅子の像やエジプトのスフィンクスと言われています。また、稲荷神社ではキツネの狛犬が置かれているように、オオカミやウサギなど、珍しい形の狛犬が各地に見られるそうです。

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