2007年10月号掲載
この木 何の木? 愛媛の『国指定天然記念物』 |
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愛媛県内には植物の天然記念物が8件あり、身近な場所で目にすることができます。今回は、その内の5件を訪ねてきました。指定の古い順番に紹介します。
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下柏の大柏(イブキ) ・ 王至森寺のキンモクセイ ・ オキチモズク発生地 ・ 北吉井のビャクシン ・ 新居浜一宮神社のクスノキ群 |
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【下柏の大柏(イブキ)】(大正13年12月9日指定、四国中央市下柏町)
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根廻り:14.3b、目通り:8.3b
樹高:約15b、推定樹齢:1200年 |
▼四国中央市(旧伊予三島市)西部の下柏町を走る国道11号線をほんの少し南に入ったところに威風堂々と立っています。幹が約30度ほど傾いていて、大きな枝が東西南北へと延びています。枝張りは、東西が約20bあまり、南北も15bもあります。これほどまでの大きさになるのは奇跡だと言われています。幹には手当が施され、大きな枝は電信柱ほどの太さの何本もの木で下から支えられています。平地のイブキとしては最長寿、大きさでは全国で3番目だそうです。根元の空洞には1783年に寄進された地蔵菩薩像が安置されています。
道路際と言ってもよいほどの位置ですから、車窓からでもその大きさが判りますが、幹のすぐ近くまで行って見上げてみれば、さらに大きさや力強さを体感することができます。樹勢の衰えは否めないものの、枝にはまだまだ緑の葉を繁らせています。以前は雨も地面に漏らないほどに葉が生い茂っていたと言われます。周辺には会社やコンビニがあり、住宅地で見られる天然記念物です。
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【王至森寺のキンモクセイ】(昭和2年4月8日指定、西条市飯岡)
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根廻り:4b、樹高:約16b、
推定樹齢:千数百年 |
▼西条市飯岡の国道11号線に、『王至森寺のキンモクセイ』と書かれた看板が立っています。それを目印に南に入り旧道らしき道路を東へ進み、次の角を南に進んで山際を目指すと、突き当たりが王至森寺です。全国で最も大樹とされるキンモクセイは、寺と手前の保育園の間の小径をほんの少し西に進んだところに立っています。幹の根元付近は空洞があってずいぶん朽ちているように見えますが、緑濃い葉が生い繁りびっしりと花をつけています。
このキンモクセイの香りは一里四方に漂うと言われ、西条地方の秋祭りの到来を告げる香りとして地域に親しまれています。平成13年には、環境省の『かおり風景100選』に選ばれました。山門右手には記念碑(左写真)が建てられています。
境内周辺には多数のキンモクセイが植えられており、また近隣の家々の庭にも、ほとんどと言ってよいほどキンモクセイが見受けられます。秋の深まるこの時期、辺り一帯は黄色い花が放つ甘い香りに包まれます。
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【オキチモズク発生地】(昭和19年6月26日指定、東温市吉久)
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根廻り:14.3b、目通り:8.3b
樹高:約15b、推定樹齢:1200年 |
▼オキチモズクは、1938年に『お吉泉(おきちいずみ)』から流れ出る小川で、植物研究家の故・八木繁一氏によって発見された赤色の藻です。現在は絶滅に近い状態だと言われています。まずお吉泉を訪ねることにしましたが、場所は少し判りにくく、地元の人に教えてもらって行き着くことができました。
お吉泉には今もこんこんと清水が湧き出ており、小川の水は澄んでいて川底の石や藻が高い土手の上からもはっきりと見えています。赤く見える石がたくさんあるのですが、オキチモズクと言われる藻が付いている訳ではないのだそうです。お吉泉には、姑にいじめられたお吉さんが泉に身を投げたという悲しい伝説が残っています。
近隣の人たちの話によると、40年くらい前までは川底にオキチモズクがたくさん見られたけれども、30年前くらいからは一切見られなくなったそうです。小川には黒い寒冷紗がかけられ、発生環境の保全がされていました。
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【北吉井のビャクシン】(昭和23年12月18日指定、東温市樋口)
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根廻り:7b、根張り径:12b
樹高:20b
推定樹齢:800年以上 |
▼北吉井のビャクシンは、東温市(旧川内町)内の閑静な高台に立っていました。周りは田や畑で、後ろには明治の初めに廃寺となった円通寺跡が見られます。樹の立っている場所は元は円通寺の境内であったとのこと。円通寺住職であった和田氏は石鎚山の大先達で、このビャクシンは先祖がお山から持ち帰って植えたものと言い伝えられています。
所在地は少し判りづらく、東温市観光ナビHPの詳細マップを参考に出掛けました。国道11号線から300bほど北に入った所に案内板があります。そこからさらに西に100bほど進みますが、道は少々悪くなります。行き止まりかなと思った所を右に曲がると、つま先上がりの狭い道が続いていて、その先に大きな樹がそびえ立っているのが目に入りました。
樹は、1bの高さで幹が2つに分かれていて、それぞれの周囲は4bもあるそうです。ビャクシン特有であるのか、延びた枝が複雑に絡み合っている様は、年月の長さと迫力を感じさせます。
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【新居浜一宮神社のクスノキ群】(昭和26年6月9日指定、新居浜市一宮町)
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▼規模=総数約90本(目通り1b以上のものが53本。その内、最大は目通り9.4b、7b以上は2本、6b以上は4本)
▼『一番楠』と呼ばれる最も大きな楠の大きさは、根廻り:14.9b、樹高:29b、枝張り:32b。推定樹齢:千年前後。 |
▼新居浜市平和通り(市役所通り)の市役所のすぐ近く、道路の北側に、市街地中心部の鎮守『一宮神社』があります。秋祭りには絢爛豪華な太鼓台が宮入りすることでも知られています。境内はクスノキはもとより大小様々な樹木が一大社叢を成しており、市の中心部の交通量の多い所でありながら、周りの喧噪が木々に吸収されてしまうかのようで、境内はいたって静かです。大樹は空を覆うほどに枝を広げて生い繁り、荘厳さを醸し出しています。
まず社殿横の一番楠から見学をしました。根元には『楠木神社』が祀られています(一番楠にまつわる小女郎狸伝説については、下段記事参照)。参道は通りに分断された形になっていて、南側の参道にもクスノキが続いています。南側参道は、通りに近い場所が駐車場になっていて風情を損ねているものの、さらに奥に続く参道のクスノキ群も見事です。社殿周りのクスノキもそれぞれ見事ですが、クスノキの大樹の並木が織りなす景観は圧巻です。
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小女郎狸伝説 (一宮神社内案内板より)
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| 小女郎狸が棲んでいたといわれる、一宮神社の一番楠 |
「小女郎大明神」として楠木神社にまつられている小女郎狸は、壬生川の喜左右衛門狸、屋島の禿狸と共に、三兄妹として伊予狸族の名門で、昔から一番楠に棲んでいた眷族といわれている。
代々一宮神社の宮司につかえて可愛がられていた利口な狸であったが、或日つい出来心から初穂の鯛を一匹失敬したことがばれて宮司に叱られ、とうとう古巣の大楠から追放されることになった。それから間もなく、長い間棲みなれた一宮の森を去って当てもなくさ迷い歩くうちに、浜辺へ出た。そして今漕ぎ出そうとする漁船を見付けたので、慈眼寺の和尚に化けてのりこんだ。
その日は、大変鯛がよく釣れるので、鯛にはコリゴリの小女郎狸は、じっと眼をつむって「南無鯛散菩薩」と祈っていたが、足許でピチピチ踊る瀬戸鯛を見ては、空腹の煩悩払うべくもなく、一匹くらいは仏果を得よと、そっと法衣にかくれて盗み食いしているところを漁師に見つけられ、「この生ぐさ坊主奴」とばかり、櫂をもって一撃をうけた途端に、化けの皮が剥がれ、尻尾を出して、せまい船の中をウロウロして、あわや、水葬礼になるところを、やっとのことで命が助かり、その時小女郎は前非を悔いて、「このご恩は必ず報います。大阪へ着いたら金の茶釜に化けますから、それを売って鯛の身のしろ金にして下さい」と約束をして、漁師にご恩返しをした。正直な狸である。
こうして茶釜の約束を果たした小女郎は、美しい娘に化けて道頓堀や、千日前を見物して暮らすようになったが、その後一宮の森に帰り、「請願成就」の守り神として、信仰を集めている。 |
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