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2007年11月号掲載

昔の米作り体験 〜NPO法人倫理生活指導センター(青少年育成活動)〜
 子どもの健やかな育成に取り組んでいるNPO法人倫理生活指導センター(四国中央市に主たる事務所、井上富男代表)では、小中学生など月1回の野外学習体験を行っています。今年は初夏と秋2回の3回、徳島県三好市東祖谷を訪れ、手作業での昔の米作りを体験しました。

【田植え】
対岸から見た落合集落

 6月9日、雨のち晴れ。
 四国中央市から車で約2時間の距離もなんのその。伝統的建造物群保存地区(伝建)の里での田植えに向かいます。土砂降りだった雨も、祖谷に近づくに連れて空が明るみ、現地に着いた頃にはまぶしいほどのお天気になっていました。
 伝建の里である徳島県三好市東祖谷の落合集落には、水田が4枚あります。その内の2枚がNPO法人倫理生活指導センター代表者の実家のものということで、子どもたちの稲作の体験学習用に、1枚の田んぼを使わせて下さることになりました。農業を営むメンバーもいるものの、子どもたちも指導員も本格的な稲作は初めてです。どのような服装が良いのか、用意するものは何かあるのかさえ、十分には分かりません。「田んぼに入るのに慣れない間は、ハイソックスをはいておくのもいいですよ」と教えてもらって準備をしました。

 地元の方たちも、手伝いに来てくれています。さほど広い田んぼではないとはいえ、大多数が経験のない者で苗を手で植えていくのですから、周りが心配してくれるのももっともです。地元の方々の協力と応援で、田植えの準備も整ったところで、全員揃って田んぼに入りました。
 田んぼに足を入れると、最初は水が冷たく感じましたが次第に慣れて、泥の感触も心地よくなります。苗の束から2、3本を取って植えていくのですが、この作業もなかなか難しく、最初は苗が1本1本バラバラになったりして旨くできませんでした。それでもしている内にコツが掴めて、何とかできるようになりました。


 田植えは、印を付けた糸を田んぼの左右から引っ張ってもらい、その印に沿って植えていきます。横一列に並んで、慣れない手つきで植えていきます。植えては糸を下げて、また植えていきます。最初は、苗が沈んだり、真っ直ぐにならなかったりしましたが、これも慣れていきました。
 子どもたちはあめんぼうを捕まえたりしながら、指導員の大人たちは山間の里ならではの景色を満喫しながら、楽しんで田植えを行いました。約2時間で、不揃いながらも田んぼ一面に苗が並びました。植えた苗がきちんと育つかどうか、ちょっと心配ではありますが…。


 真夏の草取りは、祖谷に通ずる道路が大きく崩落したために、出かけることができなくなりました。しんどい作業も経験であるのに、残念でした。


【稲刈り】

 9月29日、くもり。 
 思いの外、収穫時期が早くやってきました。今年の稲の生育は、天候のせいかあまり良くないようで(植え方も関係したかも知れないと密かに思います)、例年より稲の丈が短いそうです。それでも稲刈りに出かけて、大きく実って垂れ下がった稲穂を見て「育っている!」と感激しました。
 一株、一株を、手でまとめて掴んではザクッ、ザクッと鎌で刈っていきます。稲を刈る人、束を結わえる人、稲を干す稲木まで運ぶ人、稲木に稲を掛ける人。田んぼに落ちた稲穂も、1本残らず拾いました。役割を分担し、交代しながら、昼食までには作業を終えることができました。雨も降らず、強い陽射しが差すこともなく、まずまずの天候に恵まれました。

 この地方では稲木を『ハデ』と呼んでいます。この地のハデは、横に長くなるのではなく、縦に幾段も重ねていく形式です。急斜面を開いた土地に家屋や田んぼが点在している地ですから、下から見上げると、かなり高々としたハデとなります。この地の特産の蕎麦を干すのにも使われます。ハデのてっぺんは4メートルくらいはあろうかと思われますが、長年この地で農業をされている法人の代表のお父様は、楽々と登って作業をしていました。

【脱穀】
脱穀機にかけてモミを落とす

 10月13日、晴れ。
 稲刈りから2週間。稲の脱穀に出かけました。初めて見る足踏み式脱穀機に、「どうやって使うの?」とあちらからこちらから質問しきりです。お手本を見せてもらったものの、なかなかその通りにはできません。初めの内は、2人でペダルを踏んでドラムを回し、1人が稲をドラムに当てる、という具合でした。少しずつ慣れて、最後には、1人で足と手を使っての脱穀にも挑戦する人が出てきました。

 脱穀されたモミ米には、ワラクズがたくさん混じっています。ふるいに掛けてはワラを取り除き、ふるいに残ったものを棒で叩いてはまたふるいにかけます。あらかたワラクズが取り除かれたものをさらに選別していきます。そこで登場したのが、『唐箕(とうみ)』です。何かこれも、博物館にでも展示されていそうな農機具です。扱いは難しく、ここは農業の専門家に任せることになりました。
 脱穀機を掛けても稲穂から落ちなかったモミも、1粒残らず取っていきました。そうやって取れたお米は、8俵と半分でした。今回は、最も時間がかかって約4時間の作業となりました。自分たちの手で植えて、育った米が、稲穂の絵の付いた米袋に収まって積み上げられると、ちょっと晴れがましい気分です。
 稲が育って、お米となって人の口に入るまでには、たくさんの手間が掛けられていることを、直に見て知ることができました。 

 毎回、毎回、地元の人たちには、たいへん良くして頂きました。作業を終えた後や、作業の合間に戴いた、その地ならではのおまんじゅうやおにぎりは、澄み切った空気とあいまって、とてもおいしいものでした。


足踏み式脱穀機
【足踏み式脱穀機】

 1910年(明治43年)に発明されたもので、木製のドラムにU字型の太い針金のピンが多数逆向きに打ち込まれていて、足もとのペダルを踏むことでドラムに回転が伝わるようになっています。針金の部分に稲束の穂の部分を当てることによって、モミを落とす(脱穀する)しくみです。
 江戸時代後期からそれまでは、脱穀には『千歯扱き(せんばこき)』が使われていました。足踏み式脱穀機は、千歯扱きの発展形と言われています。足踏み式脱穀機の発明により脱穀のスピードは、千歯扱きよりも8倍も上がりました。
 大正の末からは、電機モーターでドラムを回転させるようになって、脱穀の能率はさらに上がりました。現在では、コンバインで稲の刈取りから脱穀調整まで処理されるようになっていますが、40年くらい前までは、まだまだ足踏み式脱穀機が見られたそうです。



【唐箕(とうみ)】

 脱穀したモミ米に、ワラやゴミや実の入っていない空モミやモミ殻が混ざっているために、穀粒とそれらを選別するために使われる農具。箱形の胴につけた羽根車で風を起こして、風の力を利用して、モミ殻やゴミなどを吹き飛ばして、実の入った粒だけを下に落とすしくみになっています。江戸時代の初めに中国から伝わったと言われています。
唐箕
 作業は二人で行い、一人がハンドルを回して羽根車で風を起こし、もう一人は上から穀物を落とします。品質の良い重い米粒と軽いワラや空モミとが風力で選別され、それぞれ別の口から出てくるようになっています。
 一般農家への普及は、明治、大正時代になってからで、それまで箕などを使ってたいへんな手作業であったものが、唐箕の出現で格段に手間を減らすものとなりました。唐箕は改良を重ねて、つい最近まで重宝されて使われてきました。米ばかりでなく、他の穀物の選別にも使われています。
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