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| 葛掛五社神社(かずらかけごしゃじんじゃ) |
▼奥久谷〜札所の寺院へ
道路右手の少し高い所にあるのは、葛掛五社神社です。真新しい1300年祭記念碑(平成19年建立)が立っていました。道路の向こうには清流があり、毎年5月にはこの神社を中心にほたるまつりが開催されています。様々な種類の大木が群生している同神社社叢は、松山市天然記念物に指定されています。社叢を見上げていると、社の裏手の山を登る軽トラックが見えました。道はずっと上まで続いているようです。その道は、R33号線沿いの大久保集落までつながっていることが判りました。
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| 「蛇の釜」への入口 |
もと来た道を数百b引き返すと、『蛇(じゃ)の釜』の立て札が…。ちょっと恐い名前です。蛇の釜は久谷川の河床にできた穴で、永年の流れによる侵蝕によってできたもの。川に下りるには藪が深く、直接見ることはできませんでした。雌雄2匹の蛇が棲んでいたとの話も残っています。
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| ユーモラスな狸の石像が立つ山口霊神 |
すぐ近くにある『山口霊神』は、日本三大狸話の一つ『松山騒動八百八狸物語』に登場する隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)を祀っています。ユーモラスな表情の狸の石像が立っていました。さらに道を下って、次に目指すは46番札所浄瑠璃寺です。門前には薄い緑色の外壁の遍路宿『長珍屋』があって、ちょうど良い目印になっています。
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| 浄瑠璃時本堂 |
浄瑠璃寺は『御利益のよろずや』と呼ばれて信仰を集めているお寺です。境内には、裸足で踏むと御利益があると言われる仏足石や、知恵や技能に御利益があるとされる仏手石、1つだけ願いを叶えてくれる一願弁天など、お詣りしたくなるものがたくさんあります。また本堂前の左右には大きなソテツが繁り、正面には樹齢約1000年のイブキビャクシンが威容を誇っており、寺の古い歴史を物語っています。
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| 八坂時の万体仏 |
次に向かうのは47番札所八坂寺です。県道から少し西に入った所に広い駐車場があります。本尊の阿弥陀如来は恵心僧都の作と言われ、50年に1度の御開帳の時にしか見ることができないのだそうです。次回は2034年とのこと。本堂地下には信者が納めた万体仏があり、天井の高さまで前後左右にびっしりと仏像が並んだ光景には圧倒されました。
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| 文殊院本堂 |
さらに県道を進んで訪れたのは『文殊院』。四国遍路の開祖と言われる衛門三郎(※下に関連記事)の屋敷跡に建てられています。四国八十八ヶ所発祥の寺と称され、別格霊場第9番のお寺です。元は徳盛(とくじょう)寺と呼ばれていましたが、弘法大師が文殊菩薩に導かれてこの寺に逗留したことからこの名前に改められたそうです。弘法大師が四国で唯一、衛門三郎の子どもの供養と、悪因縁切の修法(密教で行う加持祈祷)をされたとの言い伝えが残っています。
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