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昭和41年に第17回全国植樹祭が行われ、今回の育樹祭ではお手入れ会場となっている『久谷ふれあい林』は、地元の坂本森林組合(当時)が手入れを行い、平成9年に近隣の森林組合が合併して松山流域森林組合になってからは、同組合が引き続いて間伐や枝打ちや下草刈りなどの手入れを行ってきました。
前組合長の中川正鶴さんに案内して頂いて、久谷ふれあい林を見学してきました。前回(2月)の取材では、国道33号線からふれあい林に続く林道(約1260b)は道路整備の最中で、くっきりと残った轍と数日前に降った雪のせいで道がぬかるみ、ほんの少し上った所で前進を断念せざるを得ませんでした。道路工事が終了すれば、再チャレンジをしたいと思っていたのです。

木装されたガードレール
=久谷ふれあい林入口 |
同森林組合の事務所(=東温市上村)を出発し、松山市窪野町を通って、同市久谷町大久保に続く道に入ります。この道路も昭和41年の植樹祭に備えて作られたそうで、村道(当時)塩ケ森線(浄瑠璃寺から塩ケ森に至る道)です。勾配は急で、山道をぐんぐんと上って行きます。見る見る間に眼下に景色が広がっていきました。くねくねと山道を走ること約10分。やっと国道33号線に出ました。ふれあい林に続く林道の入り口は、すぐそこです。
林道の入り口付近では、同森林組合の人たちが急斜面の山肌で下草刈りの作業をしていました。林道はすでに舗装工事も終わり、木装のガードレールが随所に設けられています。森の中を数分も走ると、あきらかに周りとは異なる空間に行き着きました。今回の育樹祭に備えて整備が行われ、林全体がきれいに仕上げられているのだそうです。周辺の森と見比べると、枝打ちがていねいにされているのが良く判ります。

久谷ふれあい林 |

お手植えのスギ |
同地は松山市の南東22qにあり、車で約40分の距離。松山と高知を結ぶ国道33号線沿いにあって交通の便が良く、眺望も良いことから、植樹祭会場に選ばれたとのこと。植林地として、約10fが用意されました。『戦争で荒れはてた山河を緑でいっぱいに』をスローガンに、13000人が同植樹祭に参加し、スギやヒノキの2年生苗木30000本が植樹されました。40年余りたった今では、見事な森に成長しています。
たくさんの木々が育っている中でも、お手植えのスギはすぐに判りました。れんが造りのプロムナードが、そのスギを正面に、森の中を真っ直ぐに伸びていたからです。お手植えのスギは、全部で6本。両陛下が3本ずつ、『森』の字型になるように植えられたのだそうです。周りには、青々とした芝生が植えられていました。
中央の林を囲むように巡らされているプロムナードは、採石が敷き詰められていて、道幅はゆったりです。「ここを歩いて行かれたんですよ」と、中川さんが植樹祭の日のことを話してくれました。当日は霧雨の降るあいにくの天気で、標高420bの同所は、4月だというのに気温は5・5度。現在は豊かな緑の森になっている同所も、植林の地に選ばれた当時は周りに風除けになるものは何もなく、下から風がまともに吹き上げてきて、陛下に差し掛けられた傘もじょうごになってしまったそうです。中川さんは、「相当寒かった。お気の毒でした」と当時を振り返っていました。

新たに植えられた苗木 |
中川さんに木々について解説をして頂きながら、ゆっくりと林を一周しました。あちらからこちらから、野鳥の声も聞こえてきます。林の中は、40年の間にこれほど差が付くのかと思うほど、太く高く成長している木もあれば、まだ細いままの木もありました。当時はびっしりと植えられていた苗木も、5年に1度くらいの間伐を重ねて枝打ちもされて、木の根元まで陽が当たるようになっていました。高さ8bから10bほどの木が、手入れをされて行儀良く並んでいるのは、なかなか美しい光景です。間伐されて年月の経っている切り株は、徐々に朽ちて土に還ろうとしていますし、大きく育った木の下には、次代を育てるべく、新たな苗木が植林されていました。
中央の林より一段高くなっている周囲の森にも、遊歩道が設けられています。5月10日には、同所でえひめ植樹祭が行われ、ロータリーに山桜や椿が植えられました。緑の山に、桜と椿が彩りを添えてくれそうです。久谷ふれあい林は、たくさんの木々に囲まれながら、それでいて明るい、という印象を持ちました。
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