|
徳島県三好市、四国の名勝大歩危小歩危よりさらにさらに奥、『四国の秘境』と呼ばれる祖谷地域。吉野川の支流、祖谷川沿いに上っていくと、栗枝渡(くりしど)という集落があります。
祖谷地域ではおよそ千年も昔より、『平家の落人伝説』が語り継がれています。伝説によると、屋島の合戦に敗れた平国盛一行が、幼い安徳天皇とともに、この栗枝渡の地へと落ち延びてきたとされています。その後、安徳天皇は壇ノ浦での平家滅亡の悲報を受け、この地に留まります。人々の歓迎を受け安息に過ごした安徳天皇でしたが、この地方に悪い病気が流行し、その病のために崩御されてしまいました。
集落の鎮守・栗枝渡八幡神社は、幼き天皇の御遺体を火葬し御遺骨をお祀りした場所であるとされ、現在もそのお祭りが行われています。
|
|
|
|
|
|
栗枝渡八幡の秋祭り
10月3日、安徳天皇の命日と伝わる旧暦8月15日に、栗枝渡八幡神社(東祖谷栗枝渡)にて、安徳天皇を供養する秋祭りが行われました。
|

【写真1】 |
八幡神社に到着すると、普段とは違う雰囲気に少し驚きました。普段はひっそりとしており、不気味さすら漂う静かな場所ですが、地元の方々が神社に集まり、にぎやかに祭りの準備をしていました。境内には、山車、長刀、毛槍、鉾などが飾られ、山車の上には公家のようなきらびやかな格好をし、化粧をした子どもたちが太鼓、鉦を鳴らしていました【写真1】。
本殿にて神事を行い神輿へ御神体を移します。その後、境内にて神主より祝詞が詠み上げられ、神社から100mほど東にある御旅所へ、お練りが先頭となり、氏子、神輿、山車の順番で向かいます。

【写真2】 |
お練りは、天狗(猿田彦)【写真2】、長刀、鉾と続きます。ただ歩くだけではなく、それぞれ踊りながら歩いていきます。毛槍を持つ人は、二人一組で合図とともに毛槍を相手に放り投げるなどの動きもあり【写真3】、祭りの盛り上がり所となっています。

【写真3】 |
|

【写真4】 |
御旅所に到着すると神事【写真4】が行われ、本殿へと戻り、祭りの終わりとなります。神主さん曰く「人間が旅行に出かけるように、神様も旅行へお連れする」のだそうです。
|
|
|
祖谷地区の祭り
|
|
祖谷地区は、古くから伝わる祭りの形態を現在に伝えている数少ない地域であるといえます。同じ三好市内でも、ほとんどの地区で新暦に基づいて祭りを行っていますが、東祖谷地区は今も旧暦に基づいて行われています。また、春、夏、秋の3回行われていることも特徴です。
ただ、最近は過疎化による人口の低下などの理由から、人が集まりやすいように祭礼日を新暦にしたり、年3回の祭りの数を減らすなどの対策をしている地区もあります。
|
|
| 取材を終えて |
祭りの後に、当家(とうや・祭りの当番)を務めた井上さんにお話を伺いました。
秋祭りはこの日だけではなく、祭りに先立ち前日に「お渡り」を行うそうです。「お渡り」とは、氏子たちも参加して行われるもので、神社から神霊を当家へお迎えします。そして、当家で神霊を祭壇へ奉り、祭祀を行います。翌日が本祭となり、午後に当家から行列をなして神社まで「お渡り」をして戻り、先述した本祭が始まるのです。
徳島県内の他の地区に比べると、出店なども出ておらず、神輿が地区内を練り歩いたりすることもないなど、簡素なお祭りのように感じられましたが、それは、神輿やだんじりが祭りに登場する以前の時代の、当家祭祀に重きを置く祭りの形が受け継がれてきたからだということです。
いわゆる近代のお祭りしか知らない私にとって、栗枝渡のお祭りは新鮮なものであり、栗枝渡のみなさんが神霊に手を合わせる姿、先祖代々伝わってきたものを大切にしている姿に深く感銘を受けました。
(記者Y)
|