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▼藤縄神楽とは
藤縄神楽は、岩屋に閉じこもった天照大神を神々が引き出し、暗黒の闇から光を取り戻した「天の岩戸」の神話を舞で表現したもの。高千穂神楽や伊予神楽などと同じ九州日向神楽系統に属するもので、「悪魔払・鬼四天」「薙刀の舞」など18の演目で構成されています。
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神楽が始まると観客にお神酒がふるまわれ、
なごやかな雰囲気に」
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起源については不明ですが、弘化2年(1845年)、それまで神職が奉納していた神楽を民間人が受け継ぎ奉納するようになったというのが、現存する記録の中で最古のもの。また言い伝えによると、道後温泉の湯が出なくなった時、太鼓の名人だった藤縄三嶋神社の神主・長岡真鈴が呼ばれて神楽を奉納し、太鼓を「デンデン」と打つと湯は出ず、「ドンドン、デルデル」と打つと湯が湧き出て人々を驚かせたというユーモラスな話も残されています。
▼神楽のもよう
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ぐるぐると回る舞が多くの演目で登場します。
写真は「前の口」 |
神楽の舞はすべて歩数、歩幅が定められていて、素朴なうちに厳粛なものや勇壮なものなど様々。神楽師は演目ごとに代わる代わるいろいろな役回りをつとめ、衣装も着替えながら演じていきます。
「前の口」「神迎(かみむかい)」の舞で神様をお迎えし、「一番」では四方と中央にお供え餅が撒かれます。「月日の舞」では月と日の印が入ったお盆を両手に持ち、そんなに回って大丈夫かと心配になるほどぐるぐる回っていました。少し後の「鈴神楽」では、地元の女性が天宇受売之命(あめのうずめのみこと)に扮して登場。神々の舞がストーリー仕立てで披露されます。
開始から約3時間が経ち、クライマックスの「悪魔払・鬼四天」が始まりました。鬼と4名の神楽師が無病息災を祈念しながら1時間以上かけて舞う、神楽の一番の見どころです。途中、見ている氏子さんを舞に参加させる場面も。「ダイバンさん」と呼ばれるこの鬼は、神楽を邪魔しに来た悪い鬼という設定で、その時々に鬼の役をする神楽師がアドリブで立ち回り、見せ場を演出します。観客と掛け合いながら面白可笑しく振る舞うダイバンさんの登場は、皆が最も楽しみにしている場面。今回は、県の無形民俗文化財に指定されたこと、オリンピックのことなどが話題に上りました。
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ダイバンさんが登場する「悪魔払・鬼四天」の場面。鬼が厄払いに来た人をおんぶしたり、
赤ちゃんを抱きかかえたりするのは、邪気を払う縁起の良い事とされています
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最後に薙刀の舞で神楽がしめくくられ、餅まきをして、祭りはお開きとなりました。
「この地区の春は、お神楽から始まる」(藤縄部落総代の宮岡さん談)と言われるように、藤縄神楽は市内や近郊の春祭りで演じられており、2月から5月の間に約40カ所もの神社を回ります。神楽の全ての演目を演じきるには5時間ほどもかかりますが、現在は全てを通して演じることはあまりないそうです。
▼地域に密着した神楽
柳沢、藤縄、田処の3部落から成る同地区。常時およそ男性8名の神楽師を代々地区内から募っており、舞やお囃子は先達からの口伝で継承されてきました。今回県の無形民俗文化財に指定されたことについて、神楽師部長の上浅勝弘さん(51)は、「地元の皆で喜んでいます。これを機に、また力を入れて継承していこうと気持ちを新たにしています」と話します。
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藤縄地区の雲海展望所にて。
11月に開かれる「雲海まつり」では、雲海が眼下に広がる
神秘的な風景をバックに神楽が行われます
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現在の神楽師は、20代〜80代の8名。「若いしが一生懸命に続けてやってくれるのが楽しみで。できし(できる限り)やらないかんと思ってやってます」とは最年長の山田義春さん(80)。最年少の上浅寿人(かずと)さん(29)は神楽師部長・上浅さんの息子さんで、25歳の時に神楽師に。「まだ皆に一生懸命ついていくだけじゃけど、代々やってきた事は変えないように受け継いで、アドリブでできる所には少しでも新しい風を入れられたら」と話す口調には意気込みがうかがわれます。
平成4年、地元住民による支援組織「藤縄神楽保存会」(宮本喜一郎会長)を結成。地域の約100人が保存会の会員となり、活動を支えています。近年は、東京や大阪などの遠方のイベントにも参加するなど、活動を広げています。結婚や出産、還暦祝いなどお祝いの席や厄除けなどにも、依頼を受ければ出張します。
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