| 絢爛豪華を演出 |
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秋風がそよぎ始めると同時に、夜になるとまちのあちらこちらから太鼓の音が聞こえてくるのが東予地方の風物詩です。高橋直孝さんは43歳ながら、23年のキャリアを持つ太鼓台刺繍飾り幕の縫師さんです。四国中央市川之江町の高橋さんをお訪ねしました。 |
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高橋さん方を訪れると、作業場である座敷に案内してくれました。部屋に入るとそこには、大きな飾り幕が1組置かれていて、その迫力と豪華さに圧倒されました。香川県豊浜町箕浦太鼓台の『掛け布団』と言われる飾り幕とのこと。お披露目の日を数日後に控え、最後の仕上げの段階です。
子どもの頃から太鼓が好きだったということと、ものを作るとか絵を描くのが得意だった。縫師のような仕事が自分に合うのではないかと思って、師匠を探して弟子入りをしました。高校を出て2年目、20歳の時で脱サラです。師匠は山本町の西山茂之先生です。先生の所で3年間修業をしました。
子どもの頃に絵を習っていて、小学校4年生の時には全国で金賞をとりました。中学校では教科書に載る生徒作品を描いたりしました。もの作りの方は、中学生や高校生の頃には、模型屋さんのディスプレイを頼まれて作っていました。
師匠からは「仕事は辞めるな」と言われていました。3交代勤務をしながら、1週間に1回師匠の所に出掛けて一部分を習ってきて、どれくらい縫えるか1週間後に見せに来るようにと言われたのが最初です。会社での8時間の仕事以外の時間が、修業の時間でした。さぼっているかどうかすぐに判ります。
会社勤めをしながら縫師の勉強をするのは苦にはならなかったですね。人が8時間するところを同じ時間するのだったら追いつけないと思っていたので…。最初の半年間だけ、勤めながら修業をしていました。部品を縫うなどの下請け仕事を先生からもらって自宅でするようになって、会社を辞めました。1通りいろいろなものを縫った頃、「絵が描けるのだから、自分でやってみろ」と言われたのが3年目です。先生からすると、私のマスターする速度はめちゃくちゃ早かったそうです。
手取り足取りして教えてくれることは一切ないですね。口で説明をするだけです。師匠と一緒に仕事をしたこともあまりありません。1週間に1回、できたものを持って行く。できたものが師匠の眼鏡にかなえば、次にまた使ってもらえる。
先生が描いた下絵があって、その通りにすれば(飾り幕は)できるんですよ。膨らませる(厚みを出す)のは、人によって差が出ます。下絵は意図を持って描かれています。人の絵だと、意図までは解らないから形だけになってしまう。自分で下絵を描いてするようになって初めて、解るようになりました。自分で絵を描くと、ここは膨らませたいとかここは落としたいと、考えてしていますからね。
川之江市(当時)山下町の子ども太鼓の掛け布団です。どうすれば最初の仕事が取れるだろう、若い名もない者に仕事をくれる所があるだろうかと心配しましたが、自分の足で仕事を取りに行ったという感じです。ある方が、名刺を蒔きなさいとアドバイスをしてくれて、祭の時にあらゆる所で名刺を配りました。たまたまそこから声を掛けて頂いたんですね。
数は少ないんですね。私の場合は、最初から最後まで1人でするんですよ。私は、作品的感覚で仕事に取り組みます。難しい方、難しい方に凝っていく。材料も何もかも凝ったもので作り上げていきます。それが私の仕事のスタイルなので、1台作るのに何年もかかるんですよ。
最初の設計ですね。どのようなものを作りたいか、最初に出来上がりに対してビジョンがあります。作る前から、自分だったらこうするとか、こうなったら格好が良いとかの考えがあって、そうなるためにはどのような絵を描くかを考えます。
とりわけ難しいのは鷹の翼の部分ですね。翼の上と下ではアールが違うでしょう。長さの違うものを同じ長さに組み立てないといけない訳です。この技術は、私以外に誰もできないと自負しています。ある程度は型紙に起こしてはいますが、まさに勘ですね。
平成14年の大門太鼓台のお披露目の時にはたいへんでした。母親が亡くなったこともあって手を取られることになりました。それで動揺をきたしたのか、左右を逆につくってしまうなどくだらないミスを連発しましてね。明日がお披露目という日の夕方5時に仕上げることができました。薄氷を踏む思いでした。
とがった鱗と鷹の羽根でしょうね。うろこを1つずつ分けて作るのは簡単ですが、私のは金糸がつながっている状態で、なおかつうろこの一片一片の角を立てているのが特徴です。中に綿を入れる技法でそれができるのも、他にはいないのではないでしょうか。
昭和の時代には人間国宝の山下さんがいらっしゃいましたけれど、今の時代にどれだけのものを残せるか、そのようなことに挑戦してみたいと思いますね。1人でしていますから残せる数は限られますが、特筆すべきレベルのものでありたい。次世代の人に参考にしてもらえるものを残していけたらいいんじゃないのかな。
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| 高橋さんの飾り幕で使われている『目』は、松野町・虹の森公園のガラス工房のガラスの玉。目の血走りには、赤、紫、ピンクの3種の絹糸が使われているそうです。太鼓台に飾り付けられた時の人の目線を考慮して、上に配置する目は下のものよりも大きくするよう工夫をしているそうです。細かな所にまで、高橋さんの思い入れがあります。それらの結集が、あの迫力ある飾り幕という訳です。三島以東の太鼓台を手がけることが多かったのですが、太鼓祭りの花形・新居浜の太鼓台にもぜひ取り組んでみたいそうです。 |
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