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【がんばってます】最新号
   (取材:2006年1月)
中国の子どもたちを
学校に
《中国児童教育援助協会・代表》
      すが ・ みほ
菅 未帆 さん
(四国中央市)

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 菅未帆さんは、小さなかわいい女の子のお母さん。菅さんは、2001年8月に、学校に通うことのできない中国の子どもたちを支援するボランティア組織・『中国児童教育援助協会』を立ち上げ、代表をしています。同協会連絡先となっている四国中央市内の自宅で、赤ちゃんを抱っこしながらインタビューに応えてくれました。

― プロフィルを教えて下さい。

 94年から97年までの2年半の間、青年海外協力隊の隊員として中国に派遣され、柳州市で幼稚園教諭として中国の子どもを教える活動をしまして、その後98年から2001年までの3年半は嘱託職員として、北京で青年海外協力隊をサポートする調整員の仕事をしました。トータルで6年ほど中国にいました。私はもともと札幌の出身で、幼稚園の先生をしていました。こちら(四国中央市)には結婚してやって来ました。


― ボランティアに関心持つようになったのは?

 中学・高校とプロテスタント系の学校に通っていたり、小学生の頃からキリスト教の教会に通っていたということもあって、相手の気持ちになって考えてみるというのが、小さい頃からあったかな。気負わずに、そのような活動のスタートが切れたと思います。


― 青年海外協力隊への動機は?

 当時、『24時間テレビ』などで、お腹が大きく膨らんだ栄養失調の子どもたちを見て、「ああ、こういう世界があるんだな」って思いました。幼稚園教諭を6年半していて感じるのは、日本は豊かだということです。自分の力を使って、子どもと楽しく遊んだり、学ばせてあげたりして、困っている子どもたちに少しでも笑顔を届けることができたらという思いで応募しました。
 食べられない子どもには食物を、着衣のない子どもには衣服を、というイメージで協力隊員として行ったんですけれど、けっこう豊かな中国を体験する活動だったので、「あれっ、ちょっと違う」って思ったんですね。中国では、地方でも都市にしか隊員は派遣されていなくて、農村までは行けなかったんです。


― 今の活動に至ったのは?

 北京にいた頃に、中国が農村部も外国機関に見せるようになってきて、私も農村部を視察し、貧しい中国の現状を目の当たりにするようになりました。何日もかけて村に行って、村に何が必要なのか調査をする訳です。

 女性に会って話を聞きたいと思っても、段取りをするところから大変なんです。インタビューをしても名前は言えても、書けません。聞いてみると、学校へ行っていないから字が書けないし、字が書けないから本も読めない。

 平日であっても、学校に行っていない子どもがたくさんいました。「どうして学校に行かないの」と尋ねると、「お父さんが『女の子は学校に行かなくていいよ。将来、お嫁に行くんだから。家で家事をしていればいい』と言うから学校へ行けない」と答えます。「学校はあるの」と聞くと、「あそこの山の上にある。歩いて2時間くらい」。裸足で2時間歩いて行くのも、実質はやはり大変です。

 現金収入のない自給自足の農民が多かったですから、学費が払えなくて親が学校に行かせられないというのが現実です。日本なら、ちょっと美味しい物を1回我慢すれば、半年分の学費になる金額なので、そのくらいなら何とかしてあげたいな、という気持ちが出たんですね。

 中国の友人と、「私がお金は何とかするわ、日本で。あなたは、親に学校に行かせる大切さを説いたり、学校の先生に親元へ足を運んでもらうよう話をしたりする仕事をしてね」と話し合って、帰国と同時に日本でこの支援活動を始めました。


― 1人でも活動しようと思ったんですよね。

 学校へ行く大切さを中国側がきちんと提唱してくれたり、出すお金を確実に子どもたちの所に届くようにしてくれるのなら、4、5人分くらいなら自分のポケットマネーででもと思って、最初の1年は自分がお金を出して(支援活動を)していました。

 子どもたちから手紙が来たり、厳しい家庭環境に置かれているレポートなんかを読んでいると、もっと支援してあげたいという気持ちになって。毎年(奨学金をもらう子どもを)20人ずつ増やしているだけの小さな活動ですけれど、少しずつ輪が広がってきました。

(写真左から)菅さん、児童、児童の祖母
=広西壮族自治区 象州県中平鎮にて

― 現在の活動状況は?

 現在、3年以上の長期間、学費の面倒をみる約束をしている子どもは83名。最長で、小学校から中学3年までの9年間になります。パートナー(里親)となって、金銭の支援をして下さる方は55名ほどです。お金を預かって、しっかりと子どもの所に届けるのが私の役割です。今は日本ばかりでなく、中国の富裕層からも出してもらうようになりました。子どもたちからは半年に1度手紙が届くことになっていますので、私は確実にその手紙がパートナーさんに届くようにしています。

 パートナーさんには、支援金として年間4000円を払ってもらいます。その内2800円が子どもたちの学費で、残りは送金や定期連絡にかかる費用です。


 〜菅さんとご主人とは、青年海外協力隊の同期として、机を並べて中国語の勉強をした仲だそうです〜

― ご主人の理解は?

 よく理解してくれていて、さらりと私の活動を周りにPRしてくれています。仕事が忙しいので、手伝ってはくれませんが…。

 この子ができるまでは家事はさておき、仕事の次に支援活動を大切にしていました。領収証が届かないとか、約束の手紙が届かないなど、中国の当局へメールで問い合わせをしたり苦情を入れたり、電話でやりとりをしたりと、一生懸命になった時期もあります。「よし、よし」という感じで見てくれています。


― 今後の抱負は?

 小学生や中学生に、体験談をもとに中国の人の考え方や中国の楽しさなどを話すことで、国際理解に貢献したいと思っています。子どもたちにグローバルな考えを持ってもらいたいと思うので、なるべくいろいろな所に出掛けて、国際理解教育につながる話をしたいなと考えています。これが、私のライフワークです。

 子どもたちからの手紙は、学校で勉強ができる喜びと支援に対する感謝で満ちていました。ご主人以外に、地元に知り合いが1人としていなかった菅さんですが、活動の輪は徐々に広がってきています。

【同協会への問い合わせ】
▽電子メール  mihosuga@mbh.nifty.com
▽ホームページ  http://homepage2.nifty.com/cceas/

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