松前町出身で、松山の高校を卒業して東京へ出て、大学を卒業後カメラメーカーに就職しました。たまたま配属された部署が知的財産部で、特許という言葉も早口言葉でしか知らないくらいの社員でした。最初は開発の仕事に就きたかったのですが、受け入れてやっていると面白くなってきて、1年、2年と経つ内に、一生の仕事にしてもいいんじゃないかって思い始めました。将来的には地元に帰りたいという思いもあって、(弁理士)資格の勉強を始めたのが、入社して3年目か4年目です。
資格取得はかなり難しくて、結局4年かかりました。仕事は面白いし不満もなかったんですが、せっかく取れたのだから外に出てみようと思い、半年後に法律特許事務所へと転職しました。初めから、将来は愛媛に帰るかも知れないと言ってあったんですけれど、4年くらい経った頃、この辺りで地元に帰った方がいいかなと思って戻ってきました。それが去年の5月です。
仕事をしながら受験勉強をする方が、経済的な余裕がありますから、精神的な余裕もあるんですね。(受験のための)講座を受けたりするのにもお金を掛けることができますから。弁理士の場合は、7割から8割は技術系で、企業に就職して仕事をしながら受験しますから、その意味では勉強はしやすかったですね。
愛媛で開業するからには愛媛の企業が発展する手助けを少しでもしたいという気持ちがあって、お客さんを探すにも良い場所はないかと選んでいる時に、ちょうどこの施設を知りました。ベンチャー企業だけではなく、それをサポートする分野の事業でも入れるということで問い合わせたところ、検討の結果OKということになって、ここに入ることになりました。施設内の発明協会とかビジネスサポートオフィスからの紹介があったりもしています。
経理ですね。今まで全くしたことがなかったですから。税務署が無料で税理士さんを毎月派遣して、記帳指導など熱心にいろいろと教えてくれて、最近やっと慣れてきました。
『特許』は、技術を文書で表現する訳です。それが権利の範囲になりますから、文書の書き方が弁理士の腕の見せ所となります。強くて良い権利を得るためには、きちんと発明の本質を見て、それを文書化する必要がある。
前の事務所で、出願しているのに特許を得るにいたらない案件に途中から携わったことがありました。それは世間でヒットしている商品で、大手メーカーが似た商品を発売するまでになっていました。発明した人が何とか報われたらと思い、一生懸命に取り組んだ結果特許が取れたんですね。発明者は他社メーカーを相手取って裁判を起こし、結局は和解となりましたが、発明者の労が報われる形になりました。私のしたことが役に立って良かったと思っています。こちらに帰ってきてからも、途中から携わったものではありますが、この事務所で初めて取れた特許があって本当に良かったなと思います。
1人でできることには限界があるので、将来的には7、8人くらいの事務所にしていきたいですね。こつこつ地道にしていれば、少しずつ大きくできるのではないかと思っています。
こちらに戻った時には、のんびり度合いにカルチャーショックを受けたという相原さん。1年経った今は、30分もあれば車で海にも山にも出掛けられる環境と居心地の良さに、すっかり馴染んでいる様子です。小さなお子さんの世話も積極的にされるそうで、「1日一緒にいてもいいくらい」(相原さん)とのこと。愛媛で最も若い弁理士さんです。
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