平成12年7月に法人が設立され、その年の10月に市民活動センターがオープンしたのですが、活動に関わっていた知人から「手伝ってもらえないか」と誘われたのがきっかけで、翌年の1月からここに勤めるようになりました。当
初「ボランティアサロン」いう名称だった市民活動センターは、行政が設置して民間に委託するという、いわゆる「協働型」のサポートセンターとしては、県内でも早くにオープンしたんですよね。そのような頃からセンターの専従職員として携わってくることができたのは、タイミングが良かったし、立場にも恵まれたなと思いますね。
| ▼それまでに、NPOに関する経験はあったのですか? |
いえ、ここが初めてです。入った頃は、本当に右も左も分からなかった。教えてくれる人も身近にいなくて、自分で学ぶしかなかったんですね。それでも私が恵まれていたなと思うのが、NPOに造詣の深い、全国の情報を持っているような方との出会いが多くあったことでした。
同じ年の3月に芸予地震が起こり、災害ボランティアセンターを立ち上げました。そこで学んだことは非常に多く、市民の多様な参加が社会に必要なのだと感じる一つの契機となりましたね。
それが終わると、4月からは事業の組み立てを考えるようになりました。何もなかったのが、かえって良かった。自分の考える場を与えてもらったことが、大きな勉強になったと思います。
〜平成15年4月に事務局長に就任。その後は、◎子どもたちに体験活動を提供する『いまばり夢学校』
◎合併を見据えた今治周辺地域での『住民座談会』や、子ども向けの講座
◎ボランティアコーディネーター研修会
◎『市民の気づきを形へプロジェクト』◎『しまなみ資源活用プロジェクト』などの事業を実施。
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「いまばり夢学校」の様子。
小学生の子どもたちも、
よく話し合ってプログラムを選びます。 |
『いまばり夢学校』が一番楽しかったですね。平成15年度から始めて4年開講しました。地域の市民活動団体が先生となり、小学生が体験的な活動を通して地域を学ぶという事業ですが、その企画を立てていくのが自発的に集まった市内の高校生スタッフなんです。4〜6月までは研修期間で、その後は広報や運営なども高校生に任せます。皆の議論は聞いていて面白かったし、こんなに町のことを真剣に考える子たちがいるんだと誇りに思いましたね。物事を決める時には多数決に流れがちですが、ここでは最後まで話し合い意見を闘わせてより良いものに変えていくという、その姿が社会の縮図のように見えて面白かったですね。皆が多様な人のことを考え、今一番必要なことが選ばれていくという社会になっていけばいいのになと思います。民主主義とは何かと、すごく考えさせてもらったし、勉強になりました。そのような経験の場が用意できたことも、私たちの誇りです。
| ▼「NPOで働く」ということを、どのように考えていますか? |
給料をもらうことではない目的を見つけられなかったら、NPOの現場では働けないと思います。仕事というと、お給料をもらうことがもちろん目的なのだけど、太古の昔は、生きるために必然的にしなければいけない仕事が全てであった訳で、それは生業(なりわい)なんですよね。それを考え、答えを見つけることをあきらめないでNPOの業務に関わっていくことが大事だと思いますね。衣食住に関わる全てのことが、お金によって媒介される世の中になっている中で、仕事って何だろう、働くとは何だろうと考えます。NPOは、単純に時給いくらということでは続かない世界。使命感とか、やり甲斐というものを考えたいですね。
「何もないところから計画を立てていくことが好きな所が、この仕事に向いていたと思う」と山本さん。「皆が納得して決める、自分が決めていけるというやり方が好きですね。『いまばり夢学校』では、それがたまたま高校生だったけど、皆が自由に意見を出し合って地域に必要なものが決まっていくというまちづくりの現場が、小さな自治会活動のようなところからでもたくさん増えていけばいいなと思います」。
【今治NPOサポートセンター】ホームページ:http://www.ehime-iinet.or.jp/imanpo/
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