「二十歳すぎの時、友達の1歳前の子どもが一人で車のおもちゃで遊んでいたので、『一緒に遊んであげよう』と言ったら『いい』って言ったんです。こんなに小さい時から、して欲しいか欲しくないかを自分で判断できるんだとカルチャーショックを受けました。当たり前みたいですけど実感として、生まれたら一つの人格なんだとハッと気が付いたことが(今の仕事の)根底にあります。
結婚して子どもが生まれ、上の子が5歳くらいの時にラジオで、フランスでは子どもは16歳になったら全員家を出て下宿や学校の寮などで生活すると聞いて、日本の子どもは皆がそれをできるだろうかと思いました。一人で生活するということは、1日の予定を立て将来のことを考えて、お金の使い方も考えながら、周りの人と必要なコミュニケーションを取ることができないといけない。そういうことができる子どもに育てるにはどうしたらいいんだろうと、その時真剣に考えました。答えはすぐに見つからないから、子どもが16歳になるまでに、金銭的な自立は難しくても基本的な精神の自立ができるように、親として考えながら育てていこうと思ってきました。例えば幼稚園の子どもにも、お母さんは○○で出かけるから留守番しておいてくれる?ときちんと理由を言って、子どもの言い分も全部聞いて、『それでも今日はこうだからお願いね』というように、お互いの考えを聞くことを大切にしてきました」。
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〜服飾デザイナーの仕事を始め、自らの業として、お客さんに喜んでもらうことをやり甲斐としていた三木さんに、ある転機が訪れます〜
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「起業家セミナーに参加した時、これからやりたいことを事業計画書にまとめるという宿題が出たんです。デザイナーの仕事も一生続けるとは思っていなかったので、正直に自分のこれからのことを考えてみようと思いました。2週間くらい猶予があった中で、中学2年の子どもの少年式に出席したんです。校長先生や来賓の方が壇上でお話をされて、子どもたちは座って聞いている。『昔の子どもは皆さんと同じくらいの時はもっと苦労をしていた。皆はどうだ。もっと頑張らなければ』というようなお話が続いて、その内容が私が中学生の時と何も変わっていないと感じ、ザーッと鳥肌が立ちました。自分が子どもの時は何も思いませんでしたが、子育てをする中で子どもたちにどう伝えるのが良いか考えを持っていたので、そんなことよりも一言『皆のことが好きだよ、元気でいることがとても嬉しい』と言ってくれたら、それだけで頑張ろうという気持ちになれるのにと思いました。
セミナーの先生から『本当にやりたい事があるなら、たとえささやかな事でも、今できる事から始めるしかないよ』と助言をもらい、それなら自分はとにかく一生懸命に考えることをしようと、事業計画書に『21世紀の少年式を変える』という大それたタイトルを付けて、子どもたちが生き生きとした少年式を迎えるためにこうしたいああしたいといろいろ書いたんです。今では笑い話ですけど、それが私の本当のスタートでしたね」。
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〜その後、子ども向けのプログラムの企画を始めますが、「子どもが自立するためには、親や社会が自立しなければいけない」と気付いて、それらの事業計画を一旦封印。親が生き生きと元気になることをしていこうとまず始めたのが、知り合いの会社の社員教育でした。精神的自立ということを目標に子育てをする中で三木さん自身が掴んだことに加え、その裏付けとなる様々な学問を学んで生み出されたのが「自立型人材育成」という三木さんの“流儀”でした。社員教育といえば実務型が主であったバブル後の時代で、最初は四苦八苦する状態だったそうですが、経営者の理解と協力を得て進めてきました。
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「社会的自立、金銭的自立とよく言いますが、私の思っている自立とは内面のことで、夢を持ってあきらめずに挑み続けられる、自分を信じ続けられるという意味に近いですね」。三木さんの講議は、まずは一人ひとりの話を聞くことから始まります。嬉しかったこと、苦しかったこと、乗り越えてきたことなどを皆で聞いて、その次に、どうしていきたいか、どうなったらいいと思うかを出し合い、それを実現するために具体的にどうすればいいかと考えることで、夢を持って生き生きと働けるきっかけとしていきます。
「子どもたちには、私が聞いてきた働くお父さんお母さんの現場の声を伝えていきたい。人が一生懸命にしている中に感じる教えのようなものが本物で、理屈じゃないなと思うんです。私自身、育てるというのではなくて、いつも教えられていたような気がします。それをずーっと味わいたいからこの仕事をしているのかなと思います。元々の根底の時期からすると、長いスパンだなと思います。子どもの心を開かせてあげたい、どうやったら純粋な心を純粋なまま育てられるのか、それだけですね」。
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