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善の心を
維持する努力
〜『善』が勝つか
『悪』が勝つか〜 |
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個人情報の流出事件が相次ぐ。情報はデータ化され、コンパクトなフロッピーやCDに大量に収められているのだから、何万人、何百万人分ものデータがごっそり他に流れてしまうこともある訳だ。
数年前に、ダイレクトメールが増えたことに気が付いた。宛名シールにきちんと打ち出されたわが家の住所と私の名前。性別も年齢層も、知った上で送ってきているのが判る。ダイレクトメールが届くのは日常茶飯の出来事だが、明らかに違うと感じられた。私とは全くの無縁の地や無縁の業界からのものであるので、不審に思っていた。
私の生活で以前と異なった点と言えば、インターネットを始めたことくらいだった。「そう言えば、何かのアンケートに答えたな」と思い出した。おもしろ半分で、あるホームページのアンケートに答えたことがあったのだ。以来、私はこの程度の情報はいくらでも他に流れていると思い始めた。であるから、カード番号など、もっと大切な情報はインターネットでは明らかにしないことにした。ネット上の買い物も、頑固なくらいコンビニ払いにしている。
個人情報流出のニュースを聞くたびに、いかに性能の優れたコンピューターやソフトを使おうとも、いかに緻密な個人情報保護の社内規程をつくろうとも、扱っているのは人間なのだからあり得ることだと思っている。管理が甘いのか、管理の目をかいくぐって悪い心を出す人がいるのか、いずれにしても人というのはやっかいなものだ。
毎日車を運転していて、つくづく思うことがある。人が守ることを前提にして交通法規はつくられている、ということだ。交通法規を守ることは、しごく当たり前のことなのだが、当たり前に行われない時があるから困ったことになる。無理に追い越しをしたり割り込んできたり、車間距離を詰めてきたり、スピードを出し過ぎたりする車があって、ひやりとさせられることがある。
2月の雪の日に体験したことだ。午後から降り出した雪が、家に帰る頃には道路をすっかり覆っていた。暖かい地の運転者は雪道に不慣れなことと、夕刻の帰宅ラッシュの時間帯とが重なり、道路上には車の列が連なることになった。長い坂道にさしかかる頃になって、個々別々の車に乗っているのに、何だか連帯感のようなものを感じ始めた。1台、また1台と、順番がくれば坂道をゆっくりと上り始める。どの車も十分に車間距離をとって、慎重な上にも慎重に、少しずつ車を進めていった。いつもの3倍の時間をかけてわが家にたどり着いた時には、ほっとした。
ちょと不思議な感覚だった。誰かに言われた訳でもない。何かの強制があった訳でもない。ただ、一人が無茶なことをすれば、この連帯感の連鎖はなくなってしまうと誰もが感じていた、と思う。無事に目的地に着くという『目的』が同じであれば、こんなにも自分の安全ばかりでなく他者の安全にまで思いが向くのかと思った。本当は普段も同じ目的であるのに、ここまでの心配りは互いにない。
人の性質を性善説か性悪説かでよく論じられる。どちらにも当てはまるのだろうと思う。良い習慣はなかなか身に付かないが、悪いことにはすぐ染まる。心を少し邪悪にすれば、自然でも何でも崩壊させてしまう。倫理観の欠如から起こる事件や事故が多い。一方で、協力し合ったり助け合ったり、他者を思いやることができるのも人間だ。
天性のものに後からの教育で備わるものをプラスさせながら、人は人らしくなっていく。個の中で、『善』が勝つか『悪』が勝つか。善の心を維持する努力、心を強くする努力ができるか否かは、環境に大いに左右されるだろう。
(教育情報新聞社代表)
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