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今年も台風による被害が相次ぐ。そのようなニュースを見るにつけ、水の怖さを思い知る。何年も前のことになるが、大雨の中を、車で移動することになった時のことである。東西は傾斜がなく、南は山で、南から北にかけて緩やかな斜面になっている地形の地域であった。激しく降りしきる雨の中を、東西の道路を走った。雨脚はどんどんひどくなり、南手の田んぼから大量の水が道路に流れ込んでくるようになった。それでも何とか走り抜けることができた。
目的地に行くには、さらに北へ下りなければならなかった。北へ下りる道路は幾本かあったが、どの道を通るかとなるといささか判断に迷った。大きな道路を選んで走り出したのだが、しばらく走って、それが間違いであったことに気付いた。水は勢いを増して川のように道路を流れていく。その道路は鉄道の高架が上を走っているために、ぐっと低くなっている場所があったのだ。それに気付いて、慌てて一段高い歩道上に車を上らせ、難を逃れることができた。
7月末に取材に訪れた時、早明浦ダムは40%を切る貯水量であった。日を追うごとにパーセントは下がり続け、とうとう0%の日が続いていた。ところが先だっての台風14号の通過によって、1日で貯水量が100%に回復した。茶色の水を満々とたたえ、4本の放物線を描きながら水が放流される様がTVに映し出されていた。
山々に降り注いだ雨は、沢を伝い、尾根を走って、ひたすら高い所から低い所へと流れ込む。吉野川上流域に600ミリもの雨が降ったことで、早明浦ダムの巨大なダム湖は満たされ、水不足が一気に解消されることとなった。
水は、人間が生命を維持していくのになくてはならないものである。また、日常生活においても、炊事・洗濯・入浴と、なくてはならない。そして、ありとあらゆる産業にとって必要とされるものだ。それらの水は、人が上手に水の性質やエネルギーをコントロールして、有効利用させてもらっているのだ。コントロールできなければ、水は人間にとって大きな脅威となる。
『治水』という言葉があるように、古くから人は、水を治める努力を続けてきた。堅牢な護岸を築いても、絶対に大丈夫とは言い切れない。人間がいかにコントロールしようとも、自然はやすやすと超えていく。人間はまた知恵の限りを尽くして、それに対処していく。そのようにして、人は歴史を繰り返してきた。高い所から低い所へ流れるのは自然の法則であり、法則に則った治水でない限り、自然は必ずしっぺ返しをしてくる。
私は若い人たちに、自然の成り立ちについてよく話をする。陰と陽、火、水、木、金、土の役割など、つまり陰陽五行説を私なりの解釈で話をする。その中でもよく『水』を取り上げる。『水は方円の器に従う』という格言があるように、水はどのような形の器にも合わすことができる。自然の中でも、池、湖、海、川というように、どのような形にもなる。つまり素直の代名詞とも言われるものだ。
素直な人間は、勉強をしても仕事をしても成長が早い。素直な人間がチャンスを掴む。人の素直というのは、何にでもただ合わせるという意味ではなく、自分が教えを請う相手に素直に合わせてみようとすること、あれこれと余分な考えを挟まずに「はい」と受けて物事に取り組んでいくことである。
一方、水は熱を加えられれば蒸気となって物を動かす力を持ち、落下のエネルギーは石をもうがつ。大きな力を秘めているのだ。水は、遮るものに出合った時、耐えて待っているだけではなく、この間に蓄えた力を持って障害を乗り越えようとする。人は、ここを学ばなければならない。
障害に遭った時、耐えるだけではなく、『精進』、つまり努力をしなければならないのだ。水から学ぶことは多い。 |
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