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11月22日は、『いい夫婦』の日。ゆとりある生活や生きていくことの意味を夫婦という単位から見つめようと生まれた日だそうだ。我が家の長男も、数年前のこの日に入籍し、翌日結婚式を挙げた。今や1男に恵まれている。その子どもが先日の長女の結婚式で、もう1人の孫と一緒に花嫁のベールを持った。みつばちの衣装をかわいく着こなしている孫と、タキシードをりりしく決めている孫。2人は、たくさんの白いバラをあしらったウェディングドレス姿の長女をよく引き立ててくれていた。
チャペル前で、挙式を終えたばかりの若いカップルと一緒に写真を撮った。出来上がりを見てみると、にこやかな笑顔の新郎新婦と、笑ってはいるがいつもの笑顔とはほど遠い私が写っていた。1人娘の結婚を平気でいるようでいて、一瞬の表情に、内心が正直に表れているものだと思った。
挙式から出席してくれたK氏は私よりやや若い友人で、新郎のこともよく知っている人物だ。ビジネスの世界で多忙を極める彼は、前日は北海道への出張であった。オフィスのある東京を素通りして最終便で松山に到着し、朝早いスタートに備えてくれた。そしてその日の最終便で東京に帰っていった。時間を割いて来てくれる心がありがたい。
その彼が若いカップルへ、家庭生活を円満に運ぶ秘訣として、何年たっても妻の誕生日を忘れないようにとアドバイスをし、歌を一曲歌ってくれた。これから家庭を築き、いずれ子育てもしていくだろう2人にぴったりの、良い歌詞だと思った。浜田省吾の『星の指輪』という曲らしい。さすが、洒落た歌を歌うものだ。
孫たちは、『アルゴリズム体操』を2人で披露することになっていたが、朝が早かったせいで小さい方の孫は寝てしまった。少し大きな孫と、新郎新婦、次男たちもステージに上がり、私も少し加わって、みんなでアルゴリズム体操をして大受けに受けた。縁があって家族となって、世代を経て大きな広がりとなっていく。出会いが人の運命を決めていくとつくづく思う。
今回、私自身も驚いているのだが、ある高名な方から漆塗りの箱に入った立派な祝電を頂いた。関連会社の方が心配りをして下さって、その方の名前で電報を送って下さったと思っていたが、そうではなかった。後日上京した折に、関連会社の方にお礼を申し上げると、そうではなく、ご本人の承諾なしに名前が出されることは決してないことを知った。
現代社会を動かしている1人であることは間違いない方である。何の縁もゆかりもなかった方々と、小さなことがきっかけとなって知り合い、縁を深め、誠心誠意の付き合いの中で縁の輪が広がったことで、長女の結婚に際し電報を頂くに至った。ありがたく思うと同時に、心に深く感じ入った。
親元で生活をしていた子どもの頃。もっと広い世界を知りたいと、単身大阪へ出て行った少年期。ただひたすら1つの道を追い求めた青年期。いろいろな方と出会い、持てるものを惜しみなく出し切って活動している壮年の時代。いずれの時代も、自分の人生はこのくらいなものだと、自分で自分の限界を作るような考えは持たなかった。厳しい環境に置かれても、困難なことに出合っても、だからといってできない理由を探すことはしなかった。
人生の師から、自分の運命は自分で切り開いていくものだと教えられた。私は、生き生きと人生を謳歌しようとしない若い人たちに、自分の人生を諦めるなと言いたい。悩むことがあって結構だし、つまずくことがあって結構だ。田舎育ちで知らないことも多く、できないこともたくさんあったから、私はかなりな努力をした。無我夢中で駆け抜けた青年期であったと思う。思いがけず届いた1通の電報に、感慨深いものがある。 |
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