|
一昨年の夏から住んでいる今の我が家の隣は、百年以上も続いている旗屋さんです。奥行きの深い店構えは、寸法の大きな旗をつくるためだそうです。今も昔と変わらぬ製法で旗を作っています。この地は漁師町に近いので、店内には色鮮やかな大漁旗が何枚も広げられています。
旗を意識してまちを眺めてみますと、けっこうあることに気付きます。役所、学校、会社、商店等々。高いポールの上に掲げられているものもあれば、スタンド式に立てられているものもあります。工場や作業現場のある会社には、社旗に並んで安全旗も立っています。社旗を付けて走っている車を見掛けることもあります。道路に面して立ち並んでいるのぼり旗まで加えるならば、相当数の旗がまちのあちらこちらではためいています。
居並ぶ旗は、それぞれ所属する会社のシンボルとして掲げられたり、情報を伝える手段として掲げられたりしている訳です。コンビニやガソリンスタンドの前には、商品を紹介する旗が幾本も立てられていて、遠くからでも「何だろう」と思わせる役割をしています。「火の用心」とか「交通安全」など、メッセージ性の強い旗もあります。
また、端午の節句ののぼり旗や、全国各地で行われる祭の際ののぼり旗のように、その土地の季節の風物詩としてなくてはならない存在のものもあれば、野球やサッカーの試合でサポーターたちが手にする応援旗のように、ひいきのチームへの思いを束ねる役割をしている旗もあります。戦国時代の戦記物に登場する色とりどりの旗差物は、敵味方の目印であり、戦場での自分の働きぶりを示す役割をしていたと言われています。いずれにしても、旗が風に揺られてたなびく姿や、ちぎれんばかりに打ち振られる姿が思い浮かびます。
一方、風にたなびかせる訳ではない旗もあります。それは実績を讃えるための優勝旗や、学校や団体の顔として壇上などに設置されるための旗です。金糸のフリンジに縁取られ、刺繍を施されたそれらの旗には、とりわけ人の心が宿っているように思います。このように一口に旗といえども、様々な役割があり、様々な意味を持っています。
私が住む通りに旗がたなびく時に、私は、『朝の風』を感じています。通りに立って風に揺れる旗を見る時に、この地域には朝早い風が流れていたはずだと思うのです。通りの先にある港はたいへん歴史が古く、一説では『熟田津(にぎたつ)』ではないかと言われています。今はシャッターの閉まった店が多く見受けられる通りではありますが、昔はあちらこちらに旅館があったらしく、一晩泊まった後その港から朝一番で旅立つ人で賑わったそうです。近くの島しょ部から買い物にやって来る人や、魚市場や果物市場の朝市にやって来る人が通りを行き交い、朝から活気溢れるまちだったと聞きます。人が朝早くに旅立ち、食卓にのぼるものがこの場所からスタートをしていたのです。
遠い時代から吹いていた風の流れは朝吹く風であったことを思うと、今も朝吹く風を吹かせたいと思うのです。勢いのある風を起こし、通りに風を入れることで、私鉄駅での乗降のためにだけこの道を通る人の流れが、変わるのではないかと思うのです。朝早くから灯りをともして通勤や通学する人たちを送り出し、夜には迎え入れて、食卓につく前に役に立つ働きをするようなまちづくりを考えれば、まだまだこの地域が元気を取り戻す余地があると思うのです。そのような風を起こしたいと思うのです。
前の所有者が使っていた屋号を取り入れて、今住む建物を『カトレヤ館』と呼んでいます。カトレヤの和名は、『日の出蘭』。この場所に相応しい名前です。たかが旗、されど旗。朝吹く風をいっぱいに受けてたなびく旗を、見上げたいと思います。
|