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子どもたちの体験学習として、6月に私の田舎(徳島県三好市東祖谷)で田植えを行い、この8月には、田の草取りやあぜ道の除草をしようと計画を立てていたのですが、通ずる国道が崩落したために通行不能となり、出掛けて行くことができなくなりました。迂回路もあるにはあるのですが、つづら折れの山道です。大勢で動くことを考えると無理はできないと思い、今回は実施を断念することにしました。
三好市のホームページを見ると、旧村役場から2q上流地点での崩落ということで、川の側へ大きく崩れ落ちている国道の写真が掲載されていました。田植えをした実家の田んぼは、そこからさらに数q先の地点です。祖谷川に沿って剣山へと向かう国道は、地元の人からは与作(よさく)と呼ばれている439号線で、地域の幹線道路、生活道路でもあります。現在のところ復旧は未定とのことで、崩落現場以東に観光資源が多くあるだけに、地域経済への影響も出てくるのではないかと思われます。
439号線は、高知県中村市から徳島県徳島市を結ぶ道路で、四国の山の中を縫って走っています。徐々に徐々に改修が進み、今ではずいぶんと通りやすい道路になっていますが、道路幅が十分でないのとカーブが多いのと路面のコンディションが悪い箇所が多いので、ツーリングの人たちから時には酷評されている国道です。
私は今ではもっぱら徳島自動車道の池田ICから国道32号線に入り、旧東祖谷山村に入った所で高知県側から下りてきた439号線と合流する形となって帰省していますが、徳島自動車道が開通するまでは、高知自動車道の大豊インターで降りて、439号線から徳島県に入って実家へ帰っていました。高知県と徳島県との県境を越えるこのルートは、深い谷と山に囲まれた険しい道なのですが、県境の峠からの眺めは美しく、ここを越えれば故郷は近いと思ったものです。
子どもの頃、村役場の近くに唯一の本屋さんがあって、そこまで歩いて本を買いに行っていました。家から山を下りて国道へ出て、道なりに歩いて行けば役場に着きます。バスも通っているのですが、バスを利用することは考えたこともなく、子どもは歩くのが当たり前だと思っていた時代です。一体、何時間くらいかかっていたのでしょうか。とにかく1日がかりであったように記憶しています。439号線の懐かしい思い出の1つです。個人が車を持つのが当たり前になったのはここ30年ほどのことで、山村の地では道路整備が追いつかず、それらの恩恵に浴するのはずっと後年のことになります。
人間は長い歴史の中で、歩くことをずっとしてきました。馬に乗ったり、身分の高い人は輿に乗ったりしていた訳でしょうが、基本的には歩きの時代が長く続いた訳です。山間の神社仏閣を訪れるたびに、これらの寺社はもちろん車社会を想定して造営された訳ではないなと実感します。どうしてこのような山深い場所に、このように立派な建物が建立されたのだろうと、感嘆することがたびたびあります。
山道を歩き、森の中に続く参道を踏みしめ、苔生す石段を一段一段上って行くから、そこに参詣する意義が生まれてくるのでしょう。歩きでなければ解らない世界があるのだろうと思います。車道を付けてくれたり、中にはロープウェイを引いたりしてくれている所もありますが、心の中に残すものはショートカットした分だけ少ないかも知れません。
仕事をするにも何をするにも、現代では車のない生活は考えられませんが、車社会が人に及ぼす悪影響についても考えていなければなりません。故郷の自然環境の厳しさのお陰で、培われたものがあります。四季折々の自然を肌で感じながら過ごした子どもの頃の日々を、ありがたく思います。
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