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7月1日は私の誕生日ですが、これは戸籍上のものであって、本当は私は3月生まれなのです。50数年前の田舎のことですから、仮死状態で生まれて無事に育つかどうか判らない子どもの出生届けを、すぐには出さなかったという訳です。戸籍上の誕生日も、私の人生の『起こり』の日であることには間違いありません。
7月1日は、ちょうど1年の半分が終わった次の日なので、毎年元旦とこの日の2回、お正月を迎えるつもりで気持ちを新たにすることができます。今年は、7月1日に向けて建物の建設を行っていました。3月に発想し、4月に具体的に取り組み、そして6月下旬完成を目指して物事を進めていました。7月1日には、その建物の落成を祝う式も行い、新たな日々が始まっています。
落成式の前日に、ある生け花の先生が、その建物に飾るお花を生けに来てくれました。お弟子さんを伴って来られていたのですが、先生に付く人はこうでなければと思いながら、その様子を眺めていました。
先生とお弟子さんの様子を見て、『阿吽(あうん)の呼吸』とはこのようなことを言うのだな、と感じました。阿吽の呼吸とは、2人が呼吸まで合わせるように行動している様を例えたものですが、正にその通りだと思いました。
お弟子さんがお花にハサミを入れては、先生にさっと手渡します。先生は、手渡されたお花を次々と花器に挿していきます。ハサミの入れ方、手渡し方の1つひとつが手際良く、感心いたしました。お弟子さんは、師が次にどの花材を必要としているのか、どの花を生けようとしているのかを想定して、ハサミを入れているのです。花を受け取った先生は、自分のイメージ通りに生けることができるようでした。師と弟子の在り方は本物に近いのだな、しっかりとお弟子さんを育てておられるのだなと感じました。
建物の建設に当たっては、いろいろな職種の職人さんたちが多く出入りしていて、そこでも師と弟子の在り方を見ることがありました。大工さんの中でも、次に師匠が何をしようと考えているのかを思って、それを進めていくことができる弟子もいれば、まだそれが判らない弟子もいます。師が何をイメージしているのか、師が次に何をしようと考えているのかが判り、そのために先に動くことができるのが弟子としての真骨頂です。
師と弟子が、阿吽の呼吸で仕事を進めていくことができるのは、その基として信頼関係がなければなりません。
『相槌を打つ』の言葉の由来の中にも、師と弟子の在り方が表れているのではないかと思うのです。刀鍛冶が鉄を鍛える時に、師の打つ槌に呼吸を合わせて、リズミカルに槌を打つことができる弟子でなければ、向こう槌を任せる訳にはいきません。師の呼吸が判り、それに合わせることができるようになるには、何年もの修業を積まなければならないでしょう。
師と弟子の間で、阿吽の呼吸で仕事ができるようになったから信頼関係が生まれるのでしょうか。それとも信頼関係がしっかりとできているから、阿吽の呼吸で仕事ができるようになるのでしょうか。いずれにしても、師の心に入るとか、師の心を判ろうと努力のできる人が、弟子として長じた者となり、目指す道で大成することができるのではないかと思います。
私が師のもとで学んでいたのは、すでに三十余年も前のことになります。師から厳しくご注意を受けたこと、大切なことを教えて頂いたこと、大事にして頂いたこと等を、今も懐かしく思い出します。若い時に鍛えて頂いたからこそ、今の私があると思っています。
今回の建物は、師から学んだことの実践の場であります。そして、私の最後の修行の場でもあります。私の周りにも、阿吽の呼吸で共に行うことのできる人が増えることを願っています。
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