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私は、自分で自分を眺めてみて、物が出来上がっていく時の喜びが非常に好きな人間であると思います。ですから私自身のものではなくても、興味惹かれる建設中のものがあれば、1日に1回は見に行かないと気が済まない訳なのです。
一昨年度に行われた近所の橋の付け替え工事の時にも、工事の進捗を見守るがごとくに、毎日出掛けていました。どのように橋が出来上がっていくのだろうか、橋の工事とはどのようなものなのだろうかと、大いに関心を持ちました。その時の私の心の状態を表現するならば、橋の出来具合が気に掛かると言うよりも、出来上がっていく過程を楽しんでいたと言うべきでしょう。
現在は、その橋の向こうにある私鉄の駅が、建て替え工事の真っ最中です。古い駅舎は築後70年は経っており、地元の人にとっては思い出深い建物でした。保存の声も上がったのですが、老朽化が著しいために取り壊しが決まり、8月の中旬から解体工事が始まりました。ほどなく始まった新駅舎の工事に、私はとても興味を持っているのです。
出先から帰った時に、お風呂に入りたいと思っていても、お腹が空いていると感じていても、工事がどうなっているのか非常に気になって、やはり駅の方に足が向きます。工事の様子を見ながら、「私だったらこうするな」とか「ここは、こうしてもらいたいな」等といろいろと想像を巡らしているのですが、私が思っているのと同じように工事が進んでいます。その様子を見ていますと、私は、新しい駅舎を設計した人とそう変わらないことを頭に描いているのではないかと感じています。
そのように感じるものですから、何となく心が微笑むと言いましょうか、嬉しい気持ちになって、工事現場に出掛けることが楽しみになっているのです。自分のものではないけれども、工事に携わっている人たちに対しても、心から「ご苦労さまです」という気持ちになります。また工事現場で、前日と変化している所を見付けるのは愉快なものです。「今日は日曜日だから工事はしていないだろう」と頭では解っているのに、つい見に行ったりしています。時々、勘違いをすることもあります。前の日の夕方と次の日の朝では何の変化もないのを見て、「そうか、夜は工事はしていないんだった」と気付いて、仕方なく家に戻ることもあります。
そのようにしている私の姿を客観的に捉えると可笑しくも思うのですが、物が出来上がっていくのはパワーを感じさせることであり、私自身もそれを心の栄養にしているのだと感じています。新しくなったり、出来上がろうとしたりするものを見ることは、心を元気にしてくれます。
以前、私の心の中から人を羨む心を一掃しようと思い、努力した時期がありました。『隣の芝生は青い』ということわざがあるように、人のものを羨ましく思う心は誰にもあるものですが、私はそれを無くしたいと思いました。人や物事のお世話を懸命にしている内に、いろいろなものが変化を遂げ、良くなっていくことが嬉しくなり、私の喜びとなるようになりました。そうしますと、人の幸せや喜び事を見て、羨ましく思う心が消えていったのです。人の喜び事を自分のこと以上に喜びに感じて、大変な人には手を貸して頑張ってもらいたいと願う気持ちが、いつの頃からか私自身の心となりました。
私は、人が成長していく姿を見るのが好きです。経営者であるなら、企業を何とかしていこうと努力奮励している姿を見るのが好きです。物が出来上がっていく過程を見ることに喜びを感じているのと同様に、人や企業が良くなっていくことに関心を持ち、良い結果をもたらせることに喜びを感じます。それが、アドバイスを求められる私自身の心の栄養となっています。
今日もまた、新しい駅舎の建設現場に足が向く私であろうと思います。
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