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   『教育情報』代表コラム (2009年10月)
個々の違いを

認め合う

 以前、小学生の子どもたちを集めて、大きな催し等を行っていた時のことです。子どもであっても6年生くらいになると個々が意見を持つようになり、時にはそれが衝突するのです。すぐに解り合えることもあれば、なかなか解決を見ないことも多々あり、ちょっとしたトラブルに発展することもありました。子どもたちの様子を眺めながら、人が集まればトラブルは付きものだと思ったものでした。
 保護者も、対立しているのを見て「止めなさい」と口々に言うのですが、一旦揉め始めるとそう簡単には収まりが付きませんでした。ある時、小学校の体育館でそのような状況になって最後に私の所に、「どうしましょうか」と話が持ち込まれてきました。「さて、どうしたものか」と思いながら館内を見渡していると、腰を振ってクルクルと回すフラフープがあるのが目に入りました。「そうだ、これを使ってみよう」と考え、さっそく実行に移してみることにしました。

 フラフープを持ってきて床に置き、揉めている2人をその中に立たせてみました。そして「この中で、2人で話をしてみたら」と言って、大人は様子を見ることにしました。子どもたちは自分の言い分を言い、そして相手の言い分を聞いていました。その様子を見て、子どもを担当してくれている人たちが、「話し合うとお互いに納得するみたいですね」とか、「話し合えば形が見えてくるんですね」と言っていました。しかしながらそのような大人の考えは、私が意図としたものではありませんでした。子どもたちが互いを解り合うために、小さな輪の中で話し合ってもらったという訳ではないのです。

 話し合いが終わった子どもたちに、今度は私が話をすることにしました。とことん話し合いをしたことで、何を解ってもらいたかったのかを、ゆっくりと話し始めました。
 「じっくりと落ち着いて話をしてみて、何が解ったのかな?人は自分とは違う、ということが解っただろう?人は一人ひとり違うんだよ。違っているのは当たり前なんだ。
 一緒に遊ぼうと誘ったのに、嫌だと言って一緒に遊んでくれなかったり、自分の意見を聞いてくれないことがあると思うけど、人はあなたとは違う考えを持っているんだから、自分の思い通りにはならないんだよ。
 思い通りにしてもらいたい気持ちが強過ぎると、揉めるもとになるんだ。一人ひとりは違うんだということが解れば、こんな風に揉めることは少なくなると思うよ」。
 話し合って良い解決策を見出すというのではなく、話し合って解ったのは、人は自分とは違うということでした。それが解っただけでも、大きな収穫であったと思います。何度も揉め事が起きるので、考えた末にそのようなことをした記憶があります。

 人間は、解り合うことはできにくいものですが、個々の違いを認め合うことで共存していくことができます。社会は、いろいろな考えを持った人の大きな集まりです。人と意見のぶつかり合いがあった時に、「一人ひとりは違うのだ」という所から考えをスタートさせなければ、先の小学生の揉め事と同じレベルになってしまいます。話をすれば、小学生でも個々の違いを認め合うことの大切さが解るのですから、大人ならなおのことそのことを理解しておかなければなりません。そうすれば人間関係を損なうこともないのです。
 同じ目的を持った者同士であっても、往々にして人間は、自分の意見と対立する人に対して、すぐに批判したり非難する心が湧くものです。自分の意見を解ってもらわなければ駄目だとか、こうしてもらわなければ困ると思うのではなく、一人ひとりの考えが異なり、考えの基となる背景が異なるのですから、違いがあるのは当然と捉える所からスタートすれば、縄をなう如くに、人の考えを束ねていくことができるのではないかと考えます。


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