お問い合わせ

2010年2月号 > 自然花・れんげ草過去の記事一覧 】【 最新記事
   『教育情報』代表コラム (2010年2月)
行(ぎょう)と心得て

物事に取り組む

 今年は、過去と現在を何とか一つに結ぶことができたらと思っています。過去とは、私が生まれ育った所であり、現在とは、今住んでいる地域のことです。その2つの場所の橋渡し役をしていきたいと考えています。
 今私が住んでいる地域にも、私と出身地を同じくする人たちがたくさんいます。その人たちとのつながりができたらと思うのです。
野菜や地元の特産品など、親から子どもへ、あるいは親戚から親戚へと送ろうとする時に、こちらで受け取る仕組みを作ってみたいと考えています。向こうに住む人には安心して物を託してもらい、こちらにいる人にも、安心してそれを受け取りに来ることができるシステムを作る、つまり人と物と両面での交流を図りたいのです。1年の真ん中の7月1日を目途に、携わっているNPOの活動の中でそれが完結すればと願っています。

 私は15歳の時まで徳島県の東祖谷で過ごしました。もしもそのままずっとそこで生活をしていたなら、今とはかなり異なった私自身であろうと想像します。豊かな自然に囲まれて育った子どもの時代です。地形の険しい山間部での生活は、小さな子どもにとっても厳しいものでした。しかしながら、人を思う心や自然を尊ぶ心は、そのような環境の中から育まれたもので、その地に住む者が基本として持っている心であろうと思います。私もその心を受け継いで、都会に出て働いていた当時もそして今も、その気持ちだけは純粋に残しているのではないかと思います。

 学校を出て大阪に行った時は、「ここは、生活する場所なのだ」と感じていました。その後倫理を学ぶ会に奉職するために東京に移った時には、「ここは、生きる場所なのだ」と思いました。身体を動かして働いていた生活から一変して、1日中事務所に座っている状態に置かれたのです。その内に、ただ息をして生きているだけでは面白くないと考え、他の人とは違う事をしてみようと思い始めました。
 学びを普及するために頒布を行い、懸命に動いて、何カ所かに勉強をする会場を作りました。職員として奉職した者が会場を作るという例は他には無かったであろうと思います。とにかく自分で考え、そして行動したのです。今考えれば、それは『行う』ということであり、別な言い方をすれば『行(ぎょう)』であったのではないかと思います。生きるだけの場所であったものを、生き方を考える場所に変えたのです。
 現在の地で暮らすようになっても、ここが生活をする場所という意識はあまりなく、学びの意義を説くことや、行うことの大切さを説くことを私自身の『行』と捉えて、日々を過ごしています。

 昨年末より、あるジャンルの本を集めて読み始めています。作者によって見解が異なるので、読めば読むほど、どの捉え方が正しいのか判らないのです。筆者によって十人十色の考え方がありますし、歴史の捉え方も幾通りもあります。読み進めては理解するのに手間取り、また読んでは考え込むことを繰り返しており、なかなか前に進みません。読みたい気持ちは旺盛なのですが、難しい内容に、かなり手こずっています。この本を読み進めることも、即ち『行』であると感じます。
 世界との交流がなかった当時、外国の書物を日本語に訳した人の努力は並大抵ではなかったでしょう。未知の言語で書かれたものを解りやすく伝えるために、翻訳に汗を流した人たちの努力はいかばかりであったかと思います。そのようなことに思いを馳せながら、自分で自分を励ましています。 
 滝に打たれる『行』もあれば、山道を歩く『行』もあります。何か新しい事に挑戦する心は、『行』に向かう精神に通ずると思うのです。今年取り組もうとしている事も、私のすべき大事な『行』と捉え、ものに成るべく努力をしていかねばと思っています。


ご意見、ご感想はこちら。
▲ページのTOPへ

2010年2月号 > 自然花・れんげ草過去の記事一覧 】【 最新記事
管理者:rinkun1@basil.ocn.ne.jp (C)Copyright NPO法人倫理生活指導センター