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5月の連休を利用して、平城遷都1300年祭を見学に行って来ました。大極殿の復原に関心を持ち、何とかひと目でも見てみたいとの気持ちを持っていたのですが、中を見学したくとも、人が多くて待ち時間が長く、とても落ち着いて見ることができそうにもありません。途中で気持ちが変わりました。
敷地の中に草むらがあったので、そこへ引き返して少しの間、座って休むことにしました。涼しい風に吹かれながら、『人』を感じていました。ボランティアガイドの説明によると、当時の平城京には10万を超える人たちが暮らしていたそうです。現代で言うならば中堅都市の規模の人口だと思いつつ、途切れなく続く人の流れを眺めていました。
ゴールデンウィークですから、どこもここも人で溢れかえっていました。主催者の予想の3倍の人出であったようです。それでも不思議なのは、人々が整然と歩いていることでした。何かを食べながら歩いている人も少ないし、はしゃいで走り回るような子どもも見かけませんでした。人の流れが途絶えることはなく、アリが列を成して進んでいるかのような状態でした。「人ってこんなにいるんだなぁ」と感じました。
また、もう1つ感じたことがあるのです。大極殿の復原には、150億円も掛かったそうですが、1つの建物にそれだけの金額が掛かるのですから、平城京全体ではいかほどになろうかと想像します。ところがそれが、人間の歴史のスパンで考えてみますと、ほんの短い期間で消えてしまっています。政治の中心舞台が他所に移ればいつの間にか忘れ去られ、後世に受け継がれた建築物はほとんどなく、跡だけを残すのみとなったのです。
大阪に宿舎を取っていたものですから、奈良に出掛ける前に大阪城にも立ち寄ってみました。大阪城の天守閣は、今は鉄筋コンクリート造りで再建されています。大阪城にしても、政治の場所となり、最後には戦いの場所となったために、当時のものは無くなってしまっています。そのようなことを考えておりますと、ふと高野山のことを思い出しました。
弘法大師空海が開いた高野山は、古く長い歴史を持った場所です。人々が心のよりどころとする宗教を中心にした場所であったがために、1200年の歴史を経ながらも、いまだに、建物も修行する場所も、そして人の心も受け継がれて残っています。人が争う場所は長く栄えることはなく、人を思う場所、人を生かす場所、人に支えられる場所は、長く存続するのでしょう。世界遺産と呼ばれるものの中には、跡が残るのみで何もなくなってしまったものと、継続してそこを守る人がいて千年を経ても生かされ続けているものがあります。基となるものの違いです。そこに、学ぶものがあるのではないかと思うのです。
心を持った人が気持ち良くその場を活かしていくことで、代々人に感謝され、人が集る場所になっていきます。争い事の場となったり、奪い合う対象となる物は崩壊していきます。そう考えますと、争うことの多い家庭では、いくら良い家を建てたとしても、いつかは人手に渡ってしまうことが起きるし、心を培うとか、人を思う等、心を育てる気風のある家庭であれば、歴史を重ねていくことができるのではないでしょうか。
奈良時代の貴族の食べ物を見せてもらいました。贅沢極まりない生活をしていた様子がうかがえます。貴族と庶民の生活とでは、天と地ほどの違いがあったようです。優雅に暮らす貴族がいて、あくせく働く庶民がいて、技術や文化を伝えた渡来人がいて…。草むらに座ってうつらうつらしながら、その昔、この地に多くの人がいたことに思いを馳せていました。そして、1300年の時を経て、私たちがここにいることに、不思議な感覚を持ちました。争いの場は残らず、心あるものは後世に伝わる。歴史に学んだ旅となりました。
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