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しごと 〜現場の話を聞きました〜 (掲載:2009年12月)

 今月は、本紙1面の記事「間伐で豊かな森林に」の最後に掲載している、高石さんのお宅の改築を手掛けている大工の藤本光治さんを紹介します。お住まいは神戸ですが、今回の改築のために四国中央市に来て仕事をされています。

 40年以上のキャリアを持つ藤本さんの、仕事に対する思いなどについてお話を伺いました。


 〜中学時代まで徳島県の東祖谷で過ごし、大阪に出て大工の道に入ります〜

●大工になろうと思ったきっかけは?
 僕らの時は、職業いうたら、土方とか大工くらいやったからな。大工になろうと思って大阪に行ったけど、最初に入った所は土方の仕事ばかりだったから1年で辞めて、次に入った工務店で5年間修業した。お礼奉公2年と合わせて、7年は石にかじり付いてでもやろうという気持ちで入った。
 大阪に出た年から定時制の高校に通っていて、仕事に行くトラックに自転車を積んで、仕事が終わったら自転車で40分かけて学校に行った。雨の日も、雪がチラチラ降る日も、自転車をこいで行ったもんよ。

 〜その後、知り合いの紹介を受けて、関西を中心にいろいろな現場で大工仕事に携わります〜

●今までどのような仕事をしてこられたのですか?
 7年の勤めが終わって、神戸の鵯越の方から話があって10年ほど勤めた所では、学校や官公庁などの建物をよくしたね。一番大きい仕事で、神戸弘陵高校の校舎棟を任されて、若い職人を連れて責任持ってした。そこの仕事が終わると、友達と2人で2年ほど仕事をしたけど、その時は泊まり込みで、結婚式場の大広間とかを何カ月かかけてしたね。

●心に残っている仕事は?
 大きな日本家屋の仕事で、1本200万円の大黒柱に墨付けて、他に誰も刻んでくれる人がいなくて、最後に自分で刻んでね。あの頃は一番良かったかな。スリルみたいなものもあってね。木は、長いのは直せるけど、短いのは直せんからね。
 それから、他の仕事で、建前の前の日に図板に書いて材料を確認しよったら、夜中の2時くらいに屋根の設計で材木が270(ミリ)短いのに気が付いて、朝の5時頃に連絡を入れて材木屋で仕入れて、刻んで現場に持って行ったこともあった。家を1軒任されたら必ず図板に書いて、ずっと抱いて寝よったんよ。離さへん。そんな緊張感もあったんよ。

 〜板にほぞを切る作業をしている所を見せてもらいました(右写真)。台の上には、何種類かのカンナやノミなどの道具が並べられています〜

●道具を大事にされているんですね
 忙しい時は片付ける間もないこともあるけど、小さなドライバーひとつでも無くなったら分かる。床を貼る時、和室を造る時、建具を入れる時、それぞれ全部道具が違う。道具は100やそこらは十分あるね。

 〜昔は墨を引くところから行っていた大工の仕事。プレカットなどの機械化が進み、本格的な大工の仕事は減っていると言います〜



●藤本さんの技術が生かし切れるような仕事はなかなかないのでは?

 ないよな、今は。でも、わしも自分なりには、「大工」というものの半分も行っていない。大工なんてのは奥が深い。まだ修業中やけど、死ぬまでに会得できるかっていうと無理だろう。そういう現場自体も少ない。
 僕らの感覚では、一から板に書き付けて、それを見ながら墨付けして、刻んでっていうのが大工。墨も付けられんのは、大工とは言わへんと思う。ちょっと器用な人ならできる日用大工。今の若い子の中にも、昔ながらの職人の仕事を学びたいという人がいるけど、そういう仕事は少ないから可哀想かなと思うよ。

●大工の仕事で、大事なことは何ですか?

 (木と木の合わさり方などが)付けるべき所は、何が何でもピチャッと付ける。隙かすべき所は隙かす。やるべきことはやる。自分に妥協したらあかん。ええ格好言よるけどね。難しい。上には上がおるからね。


 大工の仕事について熱く語ってくれた藤本さん。それでも「語るより仕事が全て」という思いが言葉の端々に表れており、職人として積み重ねてきたものが垣間見えるお話でした。


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